63.三文芝居

その声の主は──ギルベルトさんだった。

「こんなところで会うなんて、奇遇ですね。おや……？」

近づいてきたギルベルトさんは目を見開き、私の袖に目を留めた。

「このシミ、どうされたのですか！？ もしかして、果物の染みですか！？

うわぁぁぁ。これは困りましたねー。果物のシミは落ちにくいんですよー。コレはもう落とすのが難しそうだぁ～」

そう言いながら、私と店主の間にすっと入り、大きな声で叫ぶように言った。

口では「困った」と言っているが──その表情は、獣人の青年と私からしか見えない角度で、ニヤリと笑っていた。

……ギルベルトさん(この人)、全部わかってて言ってるわね？

てか、さっきフェラール商会で別れたばかりなのに、偶然通りかかったみたいに登場して……

しかも、何が起きたかも知ってるっぽい。

……もしかして、後をつけてた？

……ま、いいか。好都合だし。

私はギルベルトさんのわざとらしい演技に合わせ、大げさに声を上げた。

「ええーっ！ このシミ、取れないのねぇ！？ 困ったわ〜。

じゃあ、やっぱり新しく作り直してもらうしかないわねぇ〜」

「ええ、これはもう買い替えた方がよろしいかと！ この服は一点物だったので、同じ物はもうございませんが……でもご安心を！

我がフェラール商会を日頃よりご贔屓くださっているお嬢様のためならば、最優先で、同じ物をお作りいたします！」

「まあ、さすがフェラール商会！ 頼りになるわね！ じゃあ、大急ぎでお願いするわ。

あ、それと──ギルベルトさん？ 料金はこのお店のご主人によろしくね？」

両手を組み、にっこりと笑って店主の方を見る。

ギルベルトさんも、それに合わせて振り向いた。

「え……っ！？ いや、私はただの平民でして……お貴族様御用達のフェラール商会で、買い物なんて……」

「ご安心ください。別に、当店までお越しいただかなくても結構です。注文内容はこちらですべて把握しておりますので。

では、基本の仕立て料金に、オプション料金。さらに特急料金を加えて……」

ギルベルトさんはソロバンのような計算道具を取り出し、カチカチと音を立てながら計算を始めた。

最後に「カチンッ！」と高い音を鳴らし、それを店主の目の前に突き出す。

「こちらの金額になります」

「なっ……！？ なんだこの金額は！？ 高すぎるだろ！！」

「これでも安い方ですよ？

本来ならデザインから考え、パターン──洋服の設計図も一から作らなければならないところを、今回は“今と同じ服”という条件のおかげで、その工程を省けているんです。

本来ならさらに3割ほど高くなりますよ？」

「さ、3割増し！？ ぼったくりじゃねぇか！ この服一着で、俺の服が何着買えると思ってるんだよ！」

店主が私の服を指差しながら怒鳴ると、ギルベルトさんは、それまでの調子とは打って変わって低い声で言った。

「当たり前だろう。

あんたの古着と、お嬢様のボタン一つにすら一流職人の技術が必要なオーダーメイド服。

値段が違うのは当然だ」

店主が何か言い返そうと口を開いたが、ギルベルトさんはそれを無視し、耳元に顔を寄せて囁いた。

「──あんたが、人族と獣人は違うって思ってる以上に。

あんたの服と、このお嬢様の服は違うんだよ」

私に背を向けたままだったが、至近距離でギルベルトさんの顔を見た店主は、表情を引きつらせ、震えながら俯いた。

しばしの沈黙の後──

「……すみ……ません……でした……」

「別に、謝ってほしいわけじゃないの。弁償してくれれば、それでいいわよ」

私の冷たい返答に、店主は息を呑んだ。

彼は隣の獣人の青年をチラリと見て、再び視線を落とす。

……分かったようね。

さっき自分が青年に言った言葉、そのまま返されたって。

「勘弁してください……そんな大金……俺には払えません……」

かつての勢いはどこへやら。身体を震わせながら、泣きそうな声で懇願する店主。

私はギルベルトさんと顔を見合わせ、ため息をついた。

……しょうがない、こんなもんで勘弁してあげるか。

「もういいわ。服のことはこちらで何とかします。

その代わり、彼に言いがかりをつけるのは──やめなさい」

「……あ、ありがとうございます！」

「……お礼よりも、まずは“謝って”ちょうだい」

「も、申し訳ございませんでした！！」

日本だったら、今頃土下座してそうな勢いで謝る店主に、私は言った。

「……私にじゃないわよ。

彼だって、一方的に殴られた“被害者”なんだから。

そんな彼に、弁償しろと責めた“あなた”が、まず謝るべきでしょ？」

店主はぽかんと口を開け、唖然とした様子。

そして隣の獣人の青年は、慌てたようにオロオロしている。

……え？ 私、変なこと言った？？