58.この世界でのネイル
そして、とうとう気になっていた──爪紅の出番だ。
シエルさんが、口紅のような形をした爪紅の蓋を開ける。……でも、あれ?
「ベースコートとかは塗らないんですか?」
「ベースコート?……それはどういうものですか?」
「……あ、いえ、何でもないわ」
おほほほっと、ごまかすように笑う。
いけない、いけない。また思わず疑問が口をついて出てしまった。
シエルさんは「そうですか」とにっこり笑ってくれ、作業を続ける。……誤魔化せた、かな?
その手元がどう使われるのか気になって、ついじっと見つめてしまう。
シエルさんは爪紅を1cmほど繰り出し、小さめのブラシで色をとった。
「直接、塗るわけではないんですね?」
「直接塗ってもいいのですが、ブラシを使ったほうが綺麗に塗れるので、店では基本的にブラシを使っているんです」
そう言いながら、シエルさんが私の爪に色を乗せていく。
えっ? こんな塗り方!?
思わずそう思ってしまうほど、べったりと色を塗られた。
はみ出さないようにしているけど、少しはみ出た部分はウッドスティックで丁寧に修正していく。
これって……。
次々に指を塗っていく中、シエルさんが説明を加えてくれる。
「これを少し時間を置いてから、ガーゼで拭き取って洗い流します。
そうすると、このようにほんのり色が染まるんですよ」
そう言って、シエルさんが再び自分の爪を見せてくれた。
なるほど。そういうことか。そう思って、聞いてみる。
「この爪紅の染料って、植物の葉っぱや花びらだったりします?」
「……!? なぜ、それをご存じなんですか?」
「え……?」
「本当にすごいですね。
染料に植物の葉と花を使うことは、ミランダ姉上やシエルたちが、色々と試行錯誤してようやく見つけた方法だったんですよ」
にっこりといい笑顔で、ギルベルトさんが言った。
うぅ……また、やらかしたらしい。
何の植物か当てたわけでもないし、大丈夫かと思って聞いたのに、ダメだったらしい。
リズはすごい笑顔で、私を見てくる。
はい! すみません。やり過ぎました!!
もう下手なことは言わないようにしよう。
心の中で、口にバッテンマークを付ける。
もう、余計なこと言わない。余計なこと、しない。
……ただ、そのおかげでわかった。
マニキュアではなく『爪紅』と呼ばれる理由は、きっと原材料のせいだ。
マニキュアは、ちゃんと覚えてるわけじゃないけど、アクリルとか合成着色料が使われてた気がするもの。
日本でも昔──マニキュアが出る前の時代には、爪紅、または爪紅などと呼ばれて親しまれていたらしい。
そしてその着色には、植物……鳳仙花や紅花が使われていたと聞いた。
この世界のやり方は違うかもしれないけど、材料や仕上がりを考えると、マニキュアよりも「爪紅」という表現が近いんだ。
そんなことを考えているうちに、塗られた爪紅はガーゼで拭き取られ、さらにお湯に手を入れて軽く洗う。
お湯から手を出して見てみると──
わぁ……! 爪がほんのりピンク色になってる!
マニキュアや、最近ならジェルネイルのほうが馴染みのある私にとっては、ツヤ感がないのはちょっと物足りなく感じてしまうけど……
これはこれで、とっても可愛い。
「これって、どれくらい色は持つんですか?」
「綺麗に色づいているのは3~5日ほどです。
手の使用頻度にもよりますが、私のように手をよく洗う仕事だと5日ほどで塗り直しています。
通常なら、1週間ほどは綺麗に保てると思いますよ」
ふむふむ。
マニキュアやジェルネイルは、塗ったあとに乾かしたり固めたりするけど……爪紅は、どちらかといえばヘアカラーみたい?
いや、どちらかというと眉ティントの方が近いかも??
眉ティントも、濃いめに眉を描いて、しばらく放置してから剥がすと染まる……そんな感じだったよね?
うん、まさに。爪紅もそんな感じだな、と私はひとりで納得したのだった。
そして、思う。
爪紅も素敵だけど──やっぱり、かつて日本でやっていたネイルを経験している者としては、ジェルネイル……は難しくても、せめてポリッシュくらいは使って、ツヤが欲しくなる。
そのほうが、キラキラ大好き~! な、お貴族様にもウケると思うし。
ぜひとも、新しいネイルを開発してほしい!!
……でも、私の知識をうかつに披露するのは危険だと学んだばかり。
だから、私の事情を知っているミランダさんに相談しよう。そう思ったのだった。
ネイルだけじゃない。
この世界には、きっと現代日本では当たり前だったものが、まだまだ足りていない気がする。
私の知識があれば、この世界に「まだない物」をいろいろ作れるはず。
ミランダさーん!
色々と相談させてくださ──い!!
……と、私は心の中で切実に叫んだのだった。
実際の爪紅とは違うとは思いますが、マニキュアなどとは違うもので似てるもの。マニキュアより爪紅に近いのでティアナには爪紅と聞こえました。
最近はマニュキアっていうよりポリッシュやネイルカラーかもだけど、分かりやすくマニキュア呼びにしてます。




