56.ローランドさんからの贈り物
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私たちの正体が、ヴィリスアーズ家の令嬢ジルティアーナとその侍女エリザベスだと知ったシエルさんたち従業員は、丁寧に頭を下げて部屋を退出していった。
テーブルのお茶は新しく入れ替えられ、目の前にはローランドさんとギルベルトさん。
静かな空気の中、ローランドさんが湯気の立つお茶に口をつけ、それからふっと笑みを浮かべて言った。
「ジルティアーナ様がクリスディアへ移動されることは、ミランダから聞いていました。
また、ミランダが貴女方に『ウィルソールに立ち寄るように』と伝えたことも、通信の魔紙で報告を受けていました。
……でも、まさか関係も知らずに、ギルが先にこの部屋へご案内しているとは思いませんでしたよ」
「驚いたのは、むしろ私の方です」
そう返したギルベルトさんは、落ち着いた笑顔を浮かべながらも、じっと私を見つめて続けた。
「私は商売柄、多少なりともメイクの知識があると自負しておりました。ですが“チーク”というものも、“シェーディング”という言葉すら、聞いたことがなかった。
ジルティアーナ様、これらの知識は一体どこでお覚えになったのですか?」
にこやかに見えたその顔は、どこか目だけが笑っていないように感じたのは──気のせいではない、気がする。
「それに……」と、ギルベルトさんは探るような視線を向けながら言葉を重ねる。
「ジルティアーナ様は、チークのような新しいメイク方法を自らの手でお教えくださいました。
常に侍女が付き従う上位貴族のお嬢様が、自ら化粧を施すとは……なかなか珍しいこと。
さすがは、ミランダ姉上の妹君、といったところでしょうか?」
──確かに、ジルティアーナの記憶によれば、貴族階級の女性は基本的に、化粧も着替えも入浴も、すべて侍女の世話を受けるのが常識だった。
下級貴族や平民は例外としても、上位になればなるほど、自ら手を動かすというのは“ありえない”らしい。
ジルティアーナは、化粧自体に関心がなく、もちろん自ら化粧をした経験がなかった。
身の回りのことは、すべてリズが世話をしてくれていたからだ。
ちなみに──
ミランダ義姉様はというと、実の父を早くに亡くし、母イザベルがジルティアーナの父ローガンと再婚するまでは、それほど裕福な生活ではなかった。
そのため、身の回りのことは一通り自分でこなせるし、嫁いでからも研究の一環として化粧を自分ですることも多いらしい。
「チーク……? 新しいメイク法、ですか?」
ローランドさんが少し笑みを浮かべ、ギルベルトさんの方を見やる。
「ええ。先ほど、シエルが『見たことのないメイクをされたお客様がいる』と報告してくれまして。そのお客様が──ジルティアーナ様だったのです」
「……そうだったんですね」
…………やらかした?
本当は今回、身分を明かすつもりはなかった。
ルセルの町と同じように、平民に近いふるまいで通すつもりだったから、つい普通にメイクをしてしまったけれど……
まさか、それが“貴族らしくない”行為だったとは……。
どうしよう、どう誤魔化せば……!?
でも、誤魔化すって何をどう?
焦って思考が空回りしかけたそのとき、「話は変わりますが……」と、ローランドさんが私に穏やかに話しかけてきた。
「ジルティアーナ様は、以前はあまりメイクには関心がなかったと伺っていましたが……。
我が家は化粧品を取り扱う商家ですので、もしメイクに興味を持っていただけたのなら、こんなに嬉しいことはありません。
よろしければ──未発売の品を含め、いろいろと化粧品を贈らせていただいてもよろしいでしょうか?」
…………なんですと?
──やったーっ!!
ついさっき、陳列棚に並ぶ化粧品を見て「どれを買おうかな~」なんて悩んでいたところだったのに!
しかも、未発売の商品まで……!?
ローランドさん、めちゃくちゃいい人!!
さすがはミランダお姉様の旦那様!!!
……などという心の大はしゃぎは、もちろん顔には出さない。
貴族らしく、気品をもって──
「あら、よろしいのですか? ありがとうございますっ!」
微笑みながら、丁寧にお礼を言う。言葉の端に、ちょっぴり高揚した気持ちが滲んでしまったかもしれないけれど……まあ、いいよね?
「では、早速ご用意させていただきます。
かなりの量になるかと思いますので、クリスディアへ直接お届けいたします。
できれば、お使いになった感想を──率直なご意見として、聞かせていただけると幸いです」
「ありがとうございます! 感想はぜひ、お伝えさせていただきますわ。
……ですが、元々購入するつもりだったのです。いくつかはすぐに頂いてもよろしいかしら?」
「もちろんです。そう仰っていただけて嬉しい限りです。
では、今ここでご用意できる品の中から、お届け予定のものを一度お持ちしましょう。
その中で、すぐにお持ち帰りになりたいものをお選びください」
──うん、ローランドさん、株爆上がり。
私の中で、彼の評価がどんどん上昇していったのだった。




