49.マリーの夢
マリーは、ナポリタンの上に目玉焼きをそっと乗せた。
それを見つめる【料理人】の2人。
「……ちゃんと、できてるな」
「…………。」
オリバーさんは、マイカちゃんがはじめて卵を割った時と同じようにぽつりと呟いた。弟さんに至っては言葉も出ないようだ。
そんな2人をよそに、マリーは自分の分のナポリタンを手に、テーブルに戻ってくる。
「これ、お母さんが作ってくれたの!?」
「お母さん! すごーい」
「ええ。私もティアナに教えてもらって作ったのよ。どうだった?」
「「すっごい!! 美味しかった!」」
マイカちゃんとルークくんが声を揃え絶賛する。マリーは嬉しそうに笑った。
……よかった。やっぱりお母さんの手料理は特別のようだ。
マリーと目が合う。そんな彼女の瞳から
『子供達に喜んでもらえたよ!』
という気持ちが伝わり、私は頷いた。
マリーが子供達に視線を戻し3人が笑いながら、料理を作ったことや食べた感想を言い合ってるのを見て、私まで嬉しくなった。
「凄いですね」
いつの間にか隣に立ったオリバーさんが、ぽつりと呟いた。
「ええ。マリーは、『子供達にお母さんの手料理を食べさせてあげたい』と一生懸命作ってましたから」
彼の言葉に頷くと、意外な言葉が返ってきた。
「違いますよ。すごいのはティアナさんです」
そう言って、彼は私をまっすぐに見つめる。
「マリーはずっと、僕の料理を羨ましがっていました。
マイカが生まれ、ご飯を食べるようになり、『美味しい!』と言われるたびに。
でも──
【調理】のスキルがないと料理は作れない。
それが、常識です。
頼まれて、何度かマリーに料理を教えてみたが、ことごとく失敗しました。
卵を割ることさえまともにできなかった。
だから、やっぱり無理なんだと思っていました。
それなのに──」
オリバーは息をつくように言葉を切り、私を見据える。
「昨日、貴女がマイカに卵の割り方を教えたときは本当に驚きました。
【料理人】でない者が【調理】スキルを持つことは、ほぼありえません。
だから、料理を教えても意味がない。
でも、貴女は……マイカにたった一度で卵を割らせた。
そして今日、マリーにまで料理を成功させてしまった」
彼の言葉を聞きながら、私は改めて実感する。
私の常識では、料理なんて誰でもできるものだった。
もちろん苦手な人もいるけれど、練習すればできるようになるものだと。
でも、この世界では違う。
料理の才能がない者にとっては、「卵を割ることすら奇跡」なのだ。
そして、それをなし遂げ、さらには料理まで作ったマリーは、彼らにとって信じられない存在なのだろう──。
「ありがとうございました」
不意に、オリバーが静かに言った。
私が顔を向けると、彼は真剣な眼差しでマリーを見つめていた。
「あんなに嬉しそうな顔のマリーを見るのは、本当に久しぶりです。
彼女の長年の夢──『お母さんの手料理を子供たちに食べさせたい』。
それが叶うことはないと思っていました。
でも、叶ったんです。貴女のおかげで」
私もマリーに視線を向ける。
オリバーさんの言ったとおり幸せそうに、マイカちゃんとルークくんと笑い合いながらナポリタンを食べる、マリー。それを見て思う。
「私がしたことなんて、ただのきっかけに過ぎません。
それを叶えたのは、マリー自身の想いですよ。
【調理】スキルがないと料理はできない。そう言われても、それでも作ろうとした。諦めなかった。
子供たちのために、お母さんとして」
私の言葉に、オリバーは目を見開いた。
だが次の瞬間、彼もまたマリーを見ると、ふっと優しく笑う。
「そうですね。
マリーの……お母さんが家族を想う気持ちには、敵いません」
その言葉を聞いて、私は知っていることを思い出す。
オリバーもまた、家族のために自分の長年の夢──専属料理人の地位を捨てた。
彼にとっても、マリーにとっても、一番大切なのは家族なのだ。
マリーがお母さんであるように、オリバーさんもまた、マイカちゃんとルークくんのお父さんなのだ。
私には、彼らの姿は、とても眩しく見えた。
次回、50.【料理人】の常識




