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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
聖霊の住む森

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347.心遣いの味


 しばらくのあいだ、誰も言葉を発さなかった。

 先ほどまで交わされていた話が、あまりにも静かで、その余韻が、場に薄く残っていたからだと思う。

 そんな中、フレイヤ様の思いもよらぬ発言で、空気が変わった。


「あの……このオーベルジュの朝食って、そんなに美味しかったのですか?」

「え?」


 思わず、数人の声が重なった。

 真っ先に反応したのは、テリルさんだった。


「美味しいっすよ!?

 いや、美味しいとか、そういうレベルじゃないっす!」

「声がでかい」


 ヴェルドさんが低く窘めるが、テリルさんは勢いを止めない。


「だって、朝から焼きたてのパンに、香草入りのオムレツですよ?

 それに魚介のスープまで付いてきたんすよ!?」

「……確かに、朝食としてはかなり充実していたな」


 そう言って、ヴェルドさんも渋々と頷く。


「量も味も、申し分なかった」

「本当に、美味しかったですわ」


 エステルさんも、穏やかに微笑んだ。


「素材の味を活かしたお料理で……

 朝から、あれほど満足感を覚えることは、そうありません」


 次々と返ってくる肯定に、フレイヤ様は少し目を見開いた。


「そ、そんなに……?」

「そして、何より驚いたのが……っ」

 興奮を抑えきれない様子で、テリルさんが勢いよく立ち上がる。


「なんとっ!

 オムレツは料理人が、朝食の会場で作ってくれたんっすよ!!」

「え……?」


 フレイヤ様は、思わず小さく息を呑んだ。


「料理人が……お客様の目の前で、ということですか?

 それは……すごいですね」


 目を伏せたまま、フレイヤ様はぽつりと呟いた。

 そこにあったのは驚きよりも、素直な感嘆だった。


「朝食のためだけに、そこまでしてくださるなんて……」

「そうなんすよ!」


 テリルさんが、力強く頷く。


「しかも、ただ作るだけじゃないんす。

 焼き加減とか、具の量とか、ちゃんと一人ひとり見ながらやってて……」

「ああ」


 ヴェルドさんが、わずかに眉を上げた。

「確かに、あれは素晴らしかったな」

「ええ」


 エステルさんも、静かに頷く。


「朝の体調に合わせているのか、油も控えめで、味付けも優しくて……

 心遣いを感じるお料理でしたわ」


 それに、テリルさんが身を乗り出す。


「そうなんすよ。

 ヴェルドさんが“香草が苦手”って言ったら、すぐに香草抜きの茸のオムレツにしてくれたんすよ!?」

「ああ……あれは本当に美味かったし、

 なにより、気遣いが行き届いていた」


 フレイヤ様は、その言葉一つひとつを確かめるように聞いていた。

 そして、そっと息を吐く。


「もしかして……

 ここの朝食って、ティアナ様やオリバーさんが関わってたりします?」


 思いがけない問いに、場が一瞬、静まった。

 私は、ほんの少しだけ目を瞬く。けれどすぐに、小さく笑みを浮かべた。


「よく分かりましたね」

「やっぱり……!」


 フレイヤ様は、納得したように頷く。


「お話を聞いていて、

 “美味しい”だけではなく、“考えられている”感じがしたので……」

「そう言われると、照れますね」


 私は、正直に答えた。


「献立の方向性や、朝食に求めるものについては、

 少し意見を出させていただきました」


 それに、ミランダお姉様が補足するように続ける。


「ジルティアーナが領主になってから、この街はいつの間にか、“観光の街・クリスディア”と呼ばれるようになりました。

 お忍びでこのオーベルジュに宿泊される貴族も、増えましたからね」


 その言葉に、私は自然と昔のことを思い出していた。

 ――かつて、ジルティアーナの祖母であるクリスティーナ様がこの地を治めていたころ。

 街は活気に満ち、彼女に会うために訪れる貴族も少なくなかったという。

 けれど、彼女が亡くなってからは状況が一変した。


 貴族の姿はほとんど見られなくなり、街に住まうのは、領主代理を任されたマニュール家のみ。

 そのマニュール家の人々も、屋敷付きの料理人を使うばかりで、街で食事をすることは、ほとんどなかったそうだ。


 そんなクリスディアに、再び貴族や富豪が足を運ぶようになった。

 慣れない貴族対応に困ったオーベルジュの支配人から相談を受け、貴族の嗜好に詳しいミランダお姉様とリズを中心に、いくつか助言をさせてもらったのが始まりだった。


「その中で、オーベルジュの食事については、

 ティアナと専属料理人のオリバーが、メニューや提供の仕方について意見を出したのよね?」


 お姉様の言葉に、私は首を横に振った。


「指導なんて立派なものではありません。

 もともとオーベルジュの料理人たちの腕は良かったですし、私たちは、ほんの少し視点を添えただけです」


 一拍置いて、続ける。


「どれだけ素敵な料理でも……

食べる人が無理なく、美味しく味わえなければ、意味がありませんから」




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