338.仕えるもの、食われるもの
ぷぎーがオークたちの前に進み出ると、
縄に縛られたオークたちは、まるで合図でもあったかのように一斉に頭を垂れた。
「ぶ、ぶも……」
「ぷぎぃ……!」
その光景は、どう見ても“新たな族長の誕生”。
十秒前までただの怯えたオークだったとは思えない変わり身の早さだ。
私は思わず眉をひそめる。
「……ねぇリズ。なんか、ぷぎー偉そうじゃない?」
「ええ、明らかに立場が上ですね……」
リズは顎に指を添え、真剣というより“研究対象を見る学者の目”でオークたちを観察している。
「でも、さっきまではそんな様子なかったわよね?」
「もしかすると……ぷぎーがティアナ様の従魔となり、名を得たことで、オーク同士の序列が変化したのかもしれません」
「いやいや、そんなロジックある!?」
私のツッコミに、リズは一切迷いなく答える。
「あります」
その自信たっぷりな即答に、逆に怖くなる。
「ネージュ様が生まれた直後、ティアナ様とオブシディアン様以外には、ネージュ様の言葉は理解できませんでしたよね?」
「う、うん……そうだったわね」
「あれは、ネージュ様が名を得たことで“主の魔力の影響”を受けたからです。
魔獣は主に名を与えられることで、主の魔力量が多いほど恩恵を受けます。
ぷぎーも同じでしょう」
──あぁ、なるほど……。
認めたくないけど理屈は通ってる。
名付けの力、恐るべし。
その間にも、ぷぎーは仲間の前にちょこんと座り、短く鳴き始めた。
「ぷぎっ。ぷぎ、ぷぎーっ!」
その声に呼応するように、他のオークたちも次々と声をあげる。
「ぶぎぃっ!」
「ぶ、ぶもも!」
まるで“オーク族会議”のようだ。
やがてリズが耳を澄ませるように言った。
「……終わったようですよ」
その直後、ぷぎーがこちらへと駆け寄ってきた。
「ぷぎ~っ!(あるじ~)」
……今はもう、脳内補完なんかじゃない。
しっかりとした明瞭さで、ぷぎーの感情と意味が耳に飛び込んでくる。
「他のオークたちの話は聞けた?」
『はいっ! ばっちりですー』
のほほんとした返事が頭の中に響く。
私はぷぎーの頭を撫でた。
その瞬間、ずしっとした重みが腕にのしかかった。
(かわいいのに……破壊力が普通にある……!)
よろけた私を、リズが素早く支えてくれる。
『みんな、ぷぎーみたいに“あるじ”にお仕えしたいらしいですよー』
「は???」
予想外の言葉に、私の思考が一瞬止まった。
オークたちへ視線を向けると──
案の定、騒ぎが再開される。
「ぶひー!」「ぶもっ!」
『“何でもします、ご主人様!” “よろしくお願いします、ご主人様!”
って言ってます!』
「ええーーっ!!?」
ぷぎーだけでも手に余っているのに!?
なんで一気に増えようとしてくるのよ!
「ティアナ様……?」
「どうされたのですか?」
当然だが、ぷぎーの言葉は私以外には聞こえない。
私ひとりが突然取り乱したようにしか見えないのだ。
「えっとね……なんか、みんな仲間になりたいって……」
「えーーっ!!」
ネージュが大声で叫んだ。
「仲間って……食べちゃ駄目ってこと!?」
「あー……」
私はちらりとオークたちへ視線を向ける。
巨体同士でぎゅっと寄り添い、
涙目でこちらを見上げるその姿は──
どう見ても “食べないでください” と訴えていた。
「うん、そうだねぇ……仲間は……食べちゃだめかな?」
ネージュの顔から、見事に音を立てて血の気が引いた。
そしてぷるぷる震えた直後、爆発した。
「なんでぇええ!!
オークのお肉食べたかったのにーー!!
みんなでバーベキューしたかったのにぃぃぃ!!」
庭中に響く大絶叫。
芝生も揺れた気がする。
すぐにエレーネさんが駆け寄ってきた。
「ネ、ネージュ様! 今日の分は別に解体してありますから!」
「えっ?」
「ほら。あの一匹は、オリバーさんが今から解体してくれますよ!」
みんなの視線が、オリバーさんと気絶しているオークへ向く。
オリバーさんは解体用のナイフを手に、力強く頷いた。
「……ほんと? あのオークは食べていいの!?」
「はいっ!」
「やったぁああ!!」
……切り替えが速すぎる。
しかし安心したのも束の間──
残されたオークたちはさらに震え上がった。
「ぶ、ぶも……(白虎こわい……)」
「ぷぎぃ……(助けてあるじ……)」
オークたちの視線には、もはや“生き残った者同士の連帯感”まで芽生えている。
そして私は、今まさに解体されようとしている一匹にそっと手を合わせた。
「ありがとう……。
あなたの犠牲のおかげで、今日も我が家は平和です……」




