336.予期せぬ……ぷぎー
オークたちが小さく丸まったまま固まっている中、私はマジックバッグの奥から──“予備のマジックバッグ”を取り出した。
オブシディアンがくれた、ちゃんとした逸品だ。
もちろん、中身はきちんと空っぽである。
「……さて。試してみよっか」
その一言で、全員の視線が私に突き刺さった。
“本当にやるの……?”
そう言いたげな目ばかりの中で、
ただ一人、ネージュだけがキラッキラした瞳を向けてくる。
「うんっ! やってみよ! やってみよ!!」
「ええ、じゃあ……」
私は、丸まって震えているオークの一体へと歩み寄った。
「ぶ、ぶもぉ……(来ないでぇ……!)」
※もちろん脳内補完である。
「大丈夫、大丈夫。食べないよ」
そう言いながら、心の中では
(……“まだ”食べないよ)
と付け加える。
「とりあえずね、“飼うかもしれない実験”だから……ね?」
「……ぷぎ?」
オークは小首をかしげる。
その仕草は、どうしようもなく可愛い。
私はバッグの口をそっと広げた。
「ちょーっと、ここに入ってみてほしいんだ」
つぶらな瞳をさらに丸くし、ぷるぷる震えるオーク。
ゆっくりと後ずさりを始める。
その背後から、明るい声が響いた。
「ティアナの言うこと聞かないなら……」
「……ぶっ?」
「今すぐ、食べちゃうよ?」
「ぷぎ~~~~っ!!」
「うわぁっ!?」
さっきまで全力で嫌がっていたオークが、
驚異の反応速度で、自らマジックバッグへ一直線に飛び込んだ。
空中で体を丸め、きれいな放物線を描いてバッグの中へ消えていく。
その瞬間、ネージュは得意げ。
「……入っちゃった」
「ちゃんと入ってくれて良かったねっ!」
「……うん。そうね……」
私はぽかんと口を開けたまま、バッグを見つめる。
(……本当に入るんだ)
「ぷぎぃ……ぷぎぃ……(なんなのここ……)」
バッグの奥から、くぐもった声が聞こえた……気がした。
※あくまで脳内補完である。
リズがすっと近づき、淡々と魔力を確認する。
「……問題ないようですね。
生体反応は安定していますし、空間の魔力も乱れていません。
きちんと“生きたまま”収容できています」
「ほんと?」
私はそっとバッグの口を覗き込んだ。
「ぷぎっ! ぷぎ~っ」
ネージュの視界から外れたことに安心したのか、
オークは中でのびのびと跳ね回っている。
バッグの中はやや広めの倉庫のような空間で、
(ちょっと殺風景だけど……とりあえず安全でしょ?)
(ふふっ、ああやって楽しそうに跳ねてる姿は可愛いなぁ)
(なんだっけ……? 日本で昔流行ってた豚のキャラクター、“ブギー”っていたわよね。
この子、“ぷぎー”って鳴いてるけど……なんか似てる)
そんなことを考えている、その時──。
『わーい! ここには、恐ろしい白虎がいないぞぉ!』
──聞き慣れない幼い声が響いた。
「……え?」
私は勢いよく頭を上げ、周囲を見渡した。
みんなが不思議そうに私を見ている。
ステラが首をかしげながら問いかけてきた。
「ティアナ様、どうかされたのですか?」
「いま、子供の声が聞こえたわよね?」
ステラがレーヴェを見上げる。
レーヴェは軽く首を横に振った。
「俺たちには……ネージュ様以外の子供の声は聞こえてません」
「……え?」
(でも、確かに聞こえた……)
もう一度、私はマジックバッグを覗く。
『なんかよく分からないけど、ここ落ち着くかも~』
──やっぱり聞こえる。
その声の主に、心当たりがあった。
(でも……まさか、本当に……?)
その時、ネージュがぽん、と手を打つ。
「ティアナぁ、あのオークと契約してるよ」
「えっ!?」
驚きすぎて、声が裏返った。
「契約ってなに!?」
「ネージュたちみたいに、従魔契約されてるの」
「ええええ! なんで!?」
「分からないけど、その子のステータス見てみなよ」
ネージュのアドバイスを受け、
私はオークに向かって「【解析】!」と呟いた。
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【名前】 ぷぎー
【種族】 魔獣・オーク
【スキル】 風魔法、突撃
【主】 ジルティアーナ・ヴィリスアーズ
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……あ、
“ぷぎー”って名前、もう付いちゃってる。




