334.ネージュの咆哮
「じゃあ──まずは一匹目から!
オークさんに、おとなしくしてもらいましょう!」
私の声に、みんながぐっと頷き、それぞれが構えを取った。
ネージュが無邪気に手をひらひらさせながら言う。
「じゃ、氷結魔法、解除するね?」
氷を包む魔力がふっと薄れた──その直後だった。
──ぼこり。
氷塊の奥で、何かが“確実に”動いた音。
全員が一斉にそちらを振り向く。
(……今の、ただの氷の音じゃないよね!?)
ほんの一瞬で背筋が冷える。
「──来ますっ!」
レーヴェの低い声が空気を震わせた瞬間。
ばきんッ!!
氷塊の表面が破裂し、オークが弾丸のように飛び出してきた。
「きゃあああ!!?」
私の悲鳴と、周囲の遅れた反応が同時に響く。
ピンク色の丸い身体が、ふわっ……と重力にあらがって宙へ舞い上がる。
──いや、ふわっとで終わるわけがない!
オークは空中で高速回転し始め、鳴き声とも悲鳴ともつかない声をまき散らした。
「ぶもおおおおおっ!!」
「飛んだ!!?」
私が叫ぶと、ステラが青ざめた顔のまま続ける。
「……こんなに……元気だなんて……!」
エレーネさんは口元を押さえ、震え声でつぶやいた。
「お、噂より……ずっと……!」
ただひとり、ネージュだけが楽しそうに笑う。
「わぁぁ! 元気だねぇ!」
……元気が過ぎるんだってば!
リズが一歩前へ出て、冷静に指示を飛ばす。
「ティアナ様、魔力を叩き込んでください!
暴れる前に──今です!」
「い、今!? あんな高速で回ってるのに!?」
空中のオークは、例えるならまるで……“暴走コマ”。狙える気がしない。
するとオリバーさんが落ち着いた声で言った。
「大丈夫です。ティアナ様なら届きます。
軌道を、読むだけです」
「読めるかぁぁぁ!!」
叫んだものの、両手はしっかり構えていた。
心臓が跳ね続ける。でも──やるしかない。
私は息を吸い、タイミングを計る。
「ぶもぉぉぉーーっ!!」
オークがラストスパートの回転に入った瞬間。
「ティアナ様、今です!」
「いっけぇぇぇ!!」
渾身の魔力を放った。
ばしぃっ!!
見えない衝撃が空気を揺らし、オークの回転がぴたりと止まる。
……静止。
「……止まった……?」
私が呟くと、リズが満足げに頷いた。
「ええ。魔力が完全に流れています。もう暴れません」
ネージュが大きく手を挙げて跳ねる。
「ティアナすごーい!! かっこよかった!!」
「よ、よかったぁ……!」
私が膝に手をついて息をついた──その時。
……ぼこん。
残りの氷塊のひとつから、いや〜な音が響いた。
全員の視線が、ゆっくりとそちらへ吸い寄せられる。
リズが眉を上げ、淡々と告げた。
「ティアナ様。
──あと四匹、います」
「ひぃぃ!!!?」
「うわぁ!」
「「「「ぶもぉおおおおお!!」」」」
残り四匹が、まさかの同時飛び出し。
(ちょっ……これ、どれ狙えばいいの!?)
迷っている私へ、四つの影が一斉に襲いかかってくる。
「ティアナ様っ!」
レーヴェが瞬時に前へ飛び出し、私を庇ったその時──
「ガァッ!!」
白い影が横を駆け抜けた。
ネージュだ。いつの間にか本来の白虎の姿に戻っている。
その咆哮が、空気を震わせた。
一瞬で場の空気が変わる。
空中で好き放題に飛んでいた四匹のオークが──
ぴたり。
まるで時が止まったかのように硬直する。
「えっ……?」
オークたちはネージュの青い瞳を見つめたまま、ぶるぶると震え上がった。
(……威圧!? 魔法じゃなくて!?)
ネージュがゆっくりと一歩前へ進む。
白い毛並みが逆立ち、喉の奥で低い唸り声が響く。
「…………ティアナに、怪我をさせたら──」
獣の声。
地面を這うような、逃がさないと宣告する音。
「──ゆるさないよ?」
その一言で、オークたちは見事に縮こまった。
「ぶもぉ……(すみません……)」 「ぶも、ぶも……(もうしません……)」 「ぶもっ!?(命だけは……)」 「ぶもー……(許して……)」
……鳴き声の意味は完全に私の脳内補完だ。
「えっ……なんでこんなに大人しくなるの?
魔法とか、使ってないよね!? 威圧だけで!?」
私が叫ぶと、リズが涼しい声で答えた。
「白虎は“王”です。
魔獣の中には、本能的に逆らえなくなる種も多いのですよ」
「えっ……そういう生態あるの……?」
レーヴェも苦笑を漏らす。
「ネージュ様ほどの強さなら、魔獣から見れば“天敵”でしょうね」
エレーネさんは両手を胸の前に組んだまま固まっている。
「そ、そんな……魔法抜きで……あの圧を……?」
ネージュは尻尾をぴこぴこ揺らしながら振り返った。
「ティアナ、だいじょうぶ?
このこたち、悪い子だったから、ちょっとだけ叱っちゃった」
「ちょっとどころじゃなかったよね!?
完全にラスボスの風格だったよね!?」
ネージュはにっこり笑い、人型に戻る。
可愛い顔なのに、さっきの威圧を思い出して背筋が寒い。
一方のオーク四匹は……
……まるで“しつけられた大型犬”みたいに地面に座り込み、ぷるぷる震えていた。
「ぶも……(もうしません……)」
近づくと、揃って視線を逸らす。
(……ネージュ、強すぎる……)
リズがようやく息を吐く。
「これで全てのオークがおとなしくなりましたね、ティアナ様」
「ほんとに……助かったぁ……!」
そこでオリバーさんが静かに言った。
「では、おとなしい今のうちに……下処理を始めましょう」
全員が慌てて頷いた。
ステラは震えながら呟く。
「ネージュ様……すごすぎます……」
レーヴェも大きく息を吐いた。
「……命拾いしましたね……」
ネージュは胸を張ってドヤ顔で宣言する。
「ふふん。まかせてね!
ネージュが、ティアナのこと……ぜったい守るから!」




