333.オーク調理作戦!
「簡単ですよ。
完全に解凍する前に、もう一度、魔力を叩きつければよいのです」
「うわっ! ……って、リズ!?」
気づけばすぐ横にリズが立っていた。あまりの近さに心臓が跳ね上がり、思わず声を張り上げる。
(なんでみんな、そんな音もなく急に現れるのよ……心臓に悪いわっ!)
胸を押さえていると、向こうからエレーネさんの切迫した声が飛んできた。
「あ、エリザベス様っ! どうしてオークのことを“普通の食用肉”なんて仰ったのですか?
そのせいで、大変なことになってしまったのですよ!」
リズは本気でわかっていないらしく、こてんと首を傾げる。
あ。これは本当に理解してない顔だ。
エレーネさんも察したらしく、こめかみを押さえて大きく息を吐いた。そして、先ほどの“先生モード”に切り替わる。
「エリザベス様……エルフ族にとってはオークの捕獲は造作もないかもしれません。ですが、人間族にとっては本当に難しいのです!」
リズはぱちりと目を見開き、顎に手を添える。
「オークを仕留めるのに有効なのは弓と魔法。
どちらも、人間族はあまり得意ではありませんでしたね」
「はいっ! 人間の主な武器は剣や斧、槍ですよ?」
なるほど。巨大なオークに近接武器で立ち向かう――考えるだけで命がいくつあっても足りない気がする。
エレーネさんは、さらに身振りを交えて説明する。
「それに、オークは臆病ですが……魔獣です。すばしっこくて、力も強い!
人間が正面から挑めば吹き飛ばされる危険だってあります。
ですから距離を取って弓や魔法で対処できないと、本当に危険なんです」
私は思わず唾を飲み込んだ。
……そんな危険生物を“普通のお肉”扱い。そりゃあ混乱にもなる。
リズは相変わらず落ち着いているが、眉がわずかに寄っていた。
「そうでしたか。人間族は弓も魔法も不得意……。
なるほど、私たちの常識とは違うのですね。
オークは地上に降りれば捕まえやすいので、てっきり誰でも同じなのだと……」
落ち込むリズへ、エレーネさんはやさしく微笑む。
「わかっていただけて良かったです。種族ごとに常識が違いますから、私のほうも気をつけますね」
──そっか。
私は異世界からの転生者で、周りのフォローがあってこそやっていけている。
その側近たちはエルフ族のリズ、獣人族のレーヴェとステラ、そして人間族はエレーネさんだけ。
少人数とはいえ、人間族はエレーネさんだけなんだ。
これは……私ももっと気をつけなきゃ。
「ねぇねぇー! このこたち、どうやって食べるの?
ネージュ、早く食べたいなぁ!」
「あ、ごめんねネージュ」
エレーネさんはやさしくネージュの頭をなでる。ネージュは気持ちよさそうに目をつぶった。
パンッ!
と、私は両手を合わせた。視線が一斉に集まったのを確認して、にこりと笑う。
「せっかくネージュがこんなにたくさんオークを獲ってきてくれたんだから、みんなで頂きましょう!」
その言葉に、ネージュがぱああっと花のように顔を明るくした。
「やったぁ!! ティアナ、だいすき!!」
勢いよく抱きつかれて、思わずよろめきつつ受け止める。
すると、オリバーさんが静かに一歩前へ。
「では、調理の段取りを決めましょう。
……この五匹をどう分けるかですね」
ぎっしり氷の中に詰まった五匹を見て、全員がごくりと喉を鳴らした。
ステラがそっと手を挙げる。
「あ、あの……これ、本当に“全部”使うのですか……?」
(……その気持ちわかるよ。私も怖いよ、この量)
リズは腕を組み、冷静に言った。
「半端に残せば、解凍のたびに暴れられて面倒です。
なら一気に処理したほうが早いでしょう」
レーヴェが小さく肩を震わせる。
「……“処理”という言葉が不穏ですが……」
「言わないでレーヴェ……その通りすぎて胸が痛い……」
エレーネさんが前向きに笑った。
「ですが、これだけ量があればいろんな料理ができますよ。
スープ、ロースト、煮込み……保存食にもできますし!」
「保存食!?」
私は思わず声を上げた。
(それだ……! 大量肉を保存食にできれば無駄なく使える!)
「燻製や干し肉……冬の備蓄にもなりますよ」
「す、すごい……!」
ネージュもきらきらの目で聞く。
「それぜんぶ、おいしい?」
「もちろんですよ」
「じゃあ! ぜんぶつくろ!!」
ネージュが飛び跳ねながら叫んだ。
(……うん、やるしかないな)
私は一歩前へ出て、全員を見回す。
「じゃあ──まずは一匹目から!
オークさんに、おとなしくしてもらいましょう!」




