332.ネージュの大収穫
──そして。
「なっ!? なによ、これ……っ!?」
目の前に置かれたのは――
オーク、オーク、オーク、オーク、オーク!!
よりによって五匹。しかも巨大な氷の塊の中に、みっちり閉じ込められていた。
「へへん。すごいでしょう〜!」
胸を張って得意げに笑うネージュ。
うん。すごいよ。すごいけどさ……。
(いやいやいや、すごすぎるよ!? 規模が違うよ!?)
私は無言でその“氷のオブジェ(?)”を見つめるしかなかった。
ネージュがそわそわと私の顔を覗き込み、
「ティアナ……嬉しくない?」
こてん、と首を傾げる仕草はいつもの通り可愛いのに、
その瞳には「褒めてほしい」という気持ちがありありと揺れている。
ああもう、そんな顔されたら文句なんて言えないじゃない……!
「……ありがとう、ネージュ。たくさん狩ってきてくれたんだね」
私がそう言うと、
「うんっ! ネージュ、がんばったよ! みんなで食べたかったの!」
ぱぁぁぁ、と花が咲いたように笑顔が輝いた。
満面の笑みのネージュ。その笑顔は眩しくて、無垢で、そして……ちょっと罪深い。
(……どうしようかな。まさかの五匹……五匹って……!
オークって“珍味”なんだよね!? 王族でも滅多に食べられないんだよね!?
それをこんな、どどーんと氷漬けで持ってきて大丈夫なの……!?)
脳内で、先ほどのエレーネさんの説明がリフレインする。
「お肉が、たまに“飛ぶ”んです」
「オークのローストが厨房から脱走した」
この衝撃ワードが全部、目の前の五匹とつながっていく。
(これ、料理場……絶対、阿鼻叫喚の地獄絵図になるやつじゃん? 一匹でも大変そうなのに、それが五匹って……)
私が震える視線を氷塊に向けていると、背後でレーヴェがそっと口元を押さえた。
「……すごい量ですね。いったい何人前になるんでしょうか……?」
隣のステラも、こっそり腕を震わせながらうめいた。
「ティアナ様……これ、どうされるんですか……?」
(私が聞きたいよ!?)
心の中で全力ツッコミを入れるが、ネージュの期待に満ちた瞳が胸に刺さる。
ネージュはさらに胸を張って言った。
「ネージュね、ぜんぶ魔法で捕まえたんだよ!」
「う、うん……?」
「飛んでたのを、まとめて“ぽんっ”って!」
ネージュが両手を広げ、得意満面に動作を再現する。
(ぽんって……ぽんっで片づけられる規模じゃなくない!?)
ネージュは氷の塊を、にこにこと眺めながら続けた。
「みんなが喜ぶと思って……いっぱいとってきたんだよ!」
その言葉に、私は胸の中の混乱がやわらぐ。
(……そっか。ネージュは、自分が食べたいだけじゃなく、みんなのために頑張ってくれたんだ)
私は深呼吸してから、できるだけ優しく言った。
「ネージュ、本当にありがとう。すごく頑張ってくれたのは伝わったよ」
「うんっ!」
嬉しそうな笑顔に、やっぱり私は勝てない。
──そして“お肉が飛ぶ”問題は、あっさり解決した……と思いきや。
レーヴェがふと疑問を口にした。
「“オークの調理には注意が必要”、とのことですが……前回オークを捕まえた時の処理はどうされたんでしょうか?
あの食事は、オリバーさんが作ってくださったのですよね?」
レーヴェの問いに、私は「あっ」と小さく声を漏らした。
(そういえば、あの時はお肉は……どうやって調理したんだろ?)
ステラが小さく首を傾げる。
「オリバーさんは、特別な調理法をご存じなんでしょうか?」
そこへ──
「──いえ。私は特別なことはしておりません。
オブシディアン様が魔力を叩きつけてくださっただけですよ」
「うわっ! オリバーさんっ!?」
急に現れたオリバーさんに、思わず大きな声を上げてしまった。
「驚かせてしまい申し訳ありません。声は……かけたつもりだったのですが」
軽く笑いながら、彼はじっと凍りついたオークたちを見つめた。
「しかし……これは見事ですね。
オブシディアン様が一匹持ち帰った時も驚きましたが、五匹同時とは」
ステラが恐る恐る尋ねる。
「あの……魔力を叩きつける、とは?」
オリバーさんは、淡々とした口調で答える。
「魔力を流し込むと、オーク肉の“暴れ”は止まるのです。
ただし、かなりの量の魔力が必要なので……普通の料理人では到底無理なんですよ」
──ああ、なるほど。
料理人は、平民の職業だ。
つまり、魔力量が多い者は少ない。
だから、上手く暴れるのを止められず、
“オーク肉は、飛ぶ”
と、言われているんだろう。
私がそんなことを考えている間にオリバーさんは氷塊に歩み寄り、軽く触れた。
「……ネージュ様の氷結魔法は優秀ですね。
このままなら飛ぶ心配はありません。
ただし──」
視線がこちらに向く。
「解凍した瞬間、暴れるでしょう」
「やっぱり暴れるんだ!!?」
私は思わず、叫んでしまった。
ネージュがきょとんとした顔で氷をつつく。
「だったら、オリバー。どうしたらいいの?」




