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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
聖霊の住む森

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331/349

330.あの日のオークスープをもう一度


「国王陛下の……誕生祭で?」

思わず聞き返したのは、ネロくんだった。


自分の声が室内に響いたことに気づいたのか、彼ははっとして口元を押さえる。

けれどシルヴィア様は気に留める様子もなく、ただやわらかく微笑まれた。


「ええ。父は昔からオークの肉が好きなのです。

ですが私はどうも苦手で……脂っぽくて固くて、これまで一度も美味しいと思ったことがありませんでした。

なのにまさか、こんなに美味しい“豚汁”がオーク肉だなんて。本当に驚きました」


そう言って椀を持ち上げ、シルヴィア様は静かに豚汁を口に運ぶ。

「ほう……」と感嘆の息が、湯気へほどけていった。


「味もさることながら……それ以上に驚いたのは、このような平民の食事処で、貴重なオーク肉をいただけることですわ」


「ええ。それに──さきほど、この豚汁は“おまけ”だと仰っていましたよね?」


エステルさんとヴァルドさんが目を大きく見開く。

だが、私の耳には別の言葉のほうが強く引っかかっていた。


「オーク肉が、貴重……?」

思わず首を傾げてしまう。



 ◇


オーク肉を初めて食べた日のことは、忘れようにも忘れられない。

レーヴェとステラに出会い、ウィルソールの街で初めて一緒に食事をした、あの日──。


食いしん坊のオブシディアンが宿の食事に不満を抱き、オリバーさんの店へひとっ飛びした拍子に、

偶然見つけて獲ってきてくれた“オーク”。

あの、空飛ぶ豚のような不思議な生き物だ。


“オーク”と聞いて私が真っ先に思い浮かべたのは、RPGやアニメに出てくる二足歩行のモンスター。

イノシシ顔に鎧、棍棒を振りかざす、あのいかつい姿。


でも、実際はまったく違った。


私の想像した恐ろしい怪物とは真逆で、まるで絵本から飛び出したような可愛らしい豚。

空をふわりふわりと飛ぶ、ピンク色の丸い豚。


まん丸の体につぶらな瞳。

ぴくぴくと動く大きな鼻。

四本の短い足がちょこん。


完全に、“丸い空飛ぶブタさん”だった。




そんなオークをよく食べるようになったきっかけも──自然と思い出してしまった。


クリスディアに来て、しばらくたったある日のこと。

屋敷の自室で側近たちとのんびり過ごしていた私は、ふと気づいた。


レーヴェたちと初めて会ったあの日以来、オーク肉は一度も食卓に並んでいない。


「また、あのオークのお肉……食べたいな」


ぽつりと漏れたその一言は、まるで別の誰か──食いしん坊なあの人(?)の言葉のようで、少し気恥ずかしかった。

そんな私を見て、レーヴェが穏やかな笑みを浮かべる。


「そうですね。ティアナ様と出会ってから、今まで見たこともない美味しいものをいろいろいただきました。

……ですが、やはり最初に食べたオーク肉の味は忘れられません」


「……そうですね」


ステラも小さく頷き、目の前のティーカップを両手でそっと包む。

何かを懐かしむように目を細めたあと、ゆっくり顔を上げた。


「あのオークスープ……あの時は気づきませんでしたけれど、スープ皿ではなく、こういう取っ手つきの丸い器に入っていました。

あれは、カトラリーに慣れていない私たちを気遣ってくださったのですよね?」


にこりと笑むステラ。

私が言葉を失っていると、彼女は静かに続けた。


「ティアナ様は……あの時から、ずっと私たちのことを考えてくださっていたのですね」


「それは……」


そんな大げさなものじゃない。

ただ、初めて出会った二人が少しでも食べやすいようにと思っただけで……。


けれどステラは、私の否定をそっと遮るように微笑んだ。


「嬉しかったんです。

右も左もわからず緊張ばかりしていた私たちが、あの温かいスープを手にした瞬間……ふっと肩の力が抜けたんです。

“ああ、私はここに居ていいんだ”って、そう感じられました」


「……ステラ……」


胸の奥がじん、と熱くなる。

そんなふうに思ってくれていたなんて、知らなかった。


レーヴェも遠い記憶をたどるように目を細める。


「あのオークスープ……今でも香りを思い出せます。

素朴で、けれど滋味深くて……初めて『美味しい』と心から思えた料理でした」


そんなふうに言われたら……ますますオークのお肉が恋しくなる。


まさにその時、その気持ちをさらに強く抱いていた者(?)が、会話に割り込んできた。


「オークのお肉! ネージュも食べてみたい!!」


私の膝で寝ていると思っていたネージュが、いつの間にか目を覚まし、きらきらした青い瞳で見上げていた。

そして──


「じゃ、ちょっと行ってくるね~」


「えっ!? ネージュ……っ!」


待ちなさい! と続けたかったのに、止める間もなく。

もうその姿は窓の向こう、空の彼方へ。

あっという間に見えなくなってしまった。



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