32.聖獣の名付け
そこに現れたのは長身の男性だった。
おおお! めっちゃイケメン!!
だが、その髪と瞳にどこか見覚えがあった。黒曜石のような黒みがかった深緑の瞳と、艶やかな長い黒髪を一本に束ねた姿は、まさに……
「馬だから……ポニーテールなんですか??」
「馬!?」
「ブハッ!!」
私の発言に、リズは驚き、イケメンは笑いをこらえきれなかった。
「え? だって……貴方、馬だった聖獣様ですよね??」
「ティアナさん──!?」
だって聖獣様が光を放って消えたと思った矢先、このイケメンが現れた。髪や瞳の色は聖獣様そのもの。直訳すれば「馬のしっぽ」とも言えるポニーテール。だから、この人を聖獣様だよね?
──と、考えていたら、リズが焦り混じる様子で私の腕を掴んだ。
その様子を見てたイケメンは、さらに笑い、笑い過ぎたせいか、涙を浮かべながら言った。
「転生者、お前は本当に面白いな。堂々と『馬』と言うのは、お前くらいだぞ?」
──え? そうなの?
そのとき、リズが聖獣様に気を使うかのように、私の耳元で小声に囁いた。
「……通常は『聖獣様』とお呼びしますが、あえて『馬』と呼ぶならば……『神馬様』です」
「そうなんだ!?」
神馬なんて初耳だった。決して悪意があって『馬』と呼んだわけではなかったのに……
…………あっ、もしかして……
例えるなら、こんな感じ?
『なぁ、チンパンジー』
『チンパンジーじゃねーよ、人間だわ!』
って感じの事?
──つまり、「馬」という呼称が聖獣様に対して非常に失礼なことだったのか?
もしそうなら、本当に申し訳ない……
「聖獣様……申し訳ございませんでした」
「どうした? また、面白い事を考えてそうだな?見せてみよ」
そう言いながら、聖獣様は私の額にそっと手を置くと、
「……ぶははははっ!!」
大爆笑。謝る私に、なお一層笑いがこみ上げたようだ。
(なんなんですか……人が謝ってるのに)
だが、やはりイケメンは大爆笑しようがイケメンだ。
そのとき、リズが困った様子で聖獣様に尋ねた。
「大丈夫……ですか?」
すると、聖獣様は笑いが止まらぬまま、
「エリザベスも見てみよ」
と、今度はリズの額に手を置いた。すると、リズは驚いた様子で、
「頭の中に声が……!」
と言いかけると、すぐに、
「ぶっ!……ロンガって!!」
とまた笑い出す。……ろ、ろんが?
どうやらロンガというのは、この世界の猿のような魔獣らしい。
聖獣様は再び私の額に手を置き、実際にロンガの映像を見せてくれた。確かに、見た目はまさに猿のような魔獣だ。
そして、先ほどの二人の反応。
私が転生者として、チンパンジーの姿を想像してしまった心情を、聖獣様は見抜き──聖獣様の能力で思考を読み取られた。
その結果をさらに、彼はリズに見せたため、リズも笑ったようだ。
「転生者が、悪意があって我を馬と言ってる訳では無いことは解っているから大丈夫だ。気にするな……ぶはっ!」
と、フォローしてくれようとして、またチンパンジーを思い出したのか吹き出していた。
「…………聖獣様。わざわざ人の姿になったのは、私の料理を食堂で食べる為なんですよね。
だったら、『転生者』は止めて下さい。今は『ティアナ』と名乗ってるので、聖獣様も『ティアナ』でお願いします」
「だったら……ティアナ。君も私のことを『オブシディアン』と呼べ。君が付けた名だからな。
ところで、なぜ『ジルティアーナ』ではなく『ティアナ』なのだ?」
と言いながら、再び彼は私の額に手を置いた。まるで私の思考を読んでいるかのようだ。
この読取機能、実に便利だ。
「──ふむ。なるほどな。
そういう事ならば、私の事は外では、『ディアン』と呼びなさい。
あと、君は私の主なのだから敬語はいらぬし、呼び捨てで良い」
果物屋のおばさんが言っていた、「貴族は名前が長い」という説を思い出す。
『オブシディアン』という名前は、確かに貴族臭いがあるが、彼のイケメンぶりと神々しいオーラを前にすれば、名前を短くしても平民に見えるかは疑問だ。
爆笑していると、その神々しさが薄れるが、無表情で立っていればやはり圧倒される。
「オブシディアンって……。
ネージェ様だけでなく、またも……聖獣様に名前を付けたのですか……?」
リズが呆然と呟いた。
元々、気難しい聖獣様と言われていたが、この爆笑する姿をみると、気難しいとはとてもじゃないが思えなかった。
普段なら聖獣様は、リズとミランダさん以外から話しかけられても無視し、触れようとすれば後ろ脚で蹴られることもあったという。
かつて名前を付けようと試みた際、拒絶され激怒されたため、二度と名前を付けようという話は出なかったという。
……それって、好みじゃない名前を付けられそうだったから。って事じゃなくって? と考えているとオブシディアンが言った。
「聖獣に名前を付けるというのは、
その者と魔力を通じた契約、すなわち主と守護獣の関係を結ぶことだ。
人間の分際で、覚悟もなく私を従えようとするとは……1000年早いわ!!」
「いやいやいや!
名前を付けるのにそんな大事な意味があったなんて!
私だって覚悟なんて何もしていません。それに私だって、一応人間なんですけど!?」
実際、名前を付けたのはオブシディアンの提案に乗っただけで、覚悟などしていない。
しかも、すでに貴方だけでなくネージュにも、昨日今日と二人の聖獣様に名前を付けてしまったのだから、もうツッコミどころ満載だ!
「ネージェにも名前は付けましたが……。
あれは私の手の中で生まれ、ネージェが最初に私を見たから、雛鳥のように私の守護獣になってくれると思っていたのですが……違ったの?」
ネージュが産まれたとき、オブシディアンの言葉がふと蘇る。
『必要なかろう。転生者には──既に守護獣となる者がいるだろう』
そうか、『守護獣が既にいるだろう?』ではなく、『守護獣となる者がいるだろう』とだから言っていたのだ……
言葉とは、実に厄介だ。
そういうわけで、私は心の準備もできぬまま、二人──いや、正確には「人」と呼んでいいか分からない存在である、聖獣の主となってしまったのだ。
リズの心情は出てこないけど、今まで無口(意思の疎通をする気がなかっただけだけど)だった、神様のような存在だった聖獣様がめっちゃ喋って思わぬキャラだし、今まで嫌がってた事を色々許すしで、リズが1番戸惑ってました。
次回、自重してください。
色々やらかすティアナとオブディシアンに、リズは大変です。




