317.おいしい、しあわせ
『これ、ぜんぶ食べていいの!?』
目の前のテーブルには、おにぎりにホットドッグ、串焼きや揚げ物、そしてデザートにはフルーツタルトとエッグタルトまで──
彩り豊かな料理がずらりと並んでいた。
ルナはまるで宝石でも見つけたように目を輝かせ、それらを見つめている。
「食べてもいいけど、全部は無理だと思うよ?」
ステラが笑いながら声をかけた。
その様子を見ていたリズが、そっと私の隣に立つ。
「ふふ……待ちきれないようですね」
「うん。“全部食べていいの!?”って言ってるの」
ルナの言葉が分からないリズとレーヴェに伝えると、
ふたりは思わず微笑んでルナを見つめた。
今いるのは、リュミエール商会の一室。
最初は市場で食事をしようとしていたのだが、
うさぎの姿に見えるルナを人目の多い場所でホットドッグなど食べさせるのは……と話し合い、
結局ここへ移動することになった。
『どれから食べよう!?』
ルナは皿を右へ左へと見比べながら、尻尾をふりふり。
その無邪気な仕草に、ステラがくすりと笑う。
「ルナ、タルトはあとでね。まずはごはんから食べましょう」
『はーい!』
素直な返事に、場がふわりと和んだ。
言葉の意味が分からなくても、返事の響きだけで気持ちは十分伝わる。
ネージュが隣でパンをちぎりながら、嬉しそうに言う。
「今日は特別だね」
テーブルから漂う香ばしい匂いに、
リズが淹れたアイスペシャルティーの甘い香りが重なる。
温かな空気が部屋を包みこんでいた。
ミランダお姉様が真っ先にアイスペシャルティーに手を伸ばし、
一口飲んでから、ため息まじりに呟く。
「本当に……あなたと関わってから、信じられないことが次々と起きるわねぇ」
その視線の先にいるのは、もちろんルナ。
この部屋にいるのはルナの秘密を知る者だけ。
だから今のルナは、魔法を解かれた本来の姿をしている。
その額からは、光を受けてきらりと輝く、立派な角が伸びていた。
ミランダお姉様の言葉に、私は小さく笑みを返す。
「私も、まさか森で出会ったジャッカロープと、
こうして一緒に食卓を囲む日が来るなんて思いませんでした」
ルナはその言葉を聞いて、ぱたぱたと耳を揺らした。
『ルナはみんなとごはんたべれて、うれしいよ?』
「ふふ……ありがとう、ルナ。私も驚いてはいるけど、ルナと仲良くなれて嬉しいわ」
私がそう伝えると、ルナは嬉しそうに体を揺らした。
リズとレーヴェは意味までは分からないものの、
ルナのかわいい鳴き声や仕草に込められた温かさを感じ取ったようで、穏やかに微笑む。
お姉様も目を細めて言った。
「早く、私たちにもルナの声が聞こえるようになるといいわね」
ネージュがフォークを持ちながら、笑う。
「きっとすぐだよ。お互い“通じ会いたい”って思ってるんだから」
私はルナの額の角を見つめた。
柔らかな光を反射して、ほんのりと輝いている。
その姿はどこか神秘的で、それでいて、愛らしかった。
『ねぇ、ティアナ。ルナね、人のごはんって今日はじめて食べたの。
森の実とか草とはぜんぜんちがって……すっごくあったかい味がするね!』
ルナがそう言って、嬉しそうに頬をすり寄せてくる。
ふわふわの毛並みが手の甲をくすぐり、思わず笑みがこぼれた。
「それはよかったわ。これからもっといろんな味を知っていこうね」
『うん! ティアナとステラと、みんなといっしょに!』
ステラが優しく笑みを浮かべる。
「この街にはまだまだ、たくさんの食べ物があるのよ」
その言葉に、レーヴェが静かに頷いた。
「ああ、ティアナ様が様々なレシピを公開し、
街の料理人たちはもちろん、外からも人を呼んでくださいましたからね」
「あら、街だけじゃないわ。屋敷ではオリバーたちが作ってくれる食事も絶品よ?」
お姉様がそんな言葉を付け加える。
『まだまだ……おいしいものがあるの!? ぜんぶ食べたーいっ!!』
思わず、私はステラと顔を見合わせて笑ってしまった。
ルナの言葉が分からないリズたちも、
弾む声と尻尾をぱたぱたさせる仕草に、つられるように頬をゆるめる。
「ふふ、きっとまた“食べたい”って言っているのかしら?」
お姉様がそう言うと、ステラが笑いながら頷いた。
「ええ、また“ぜんぶ食べたい”そうです」
「ふふっ……ほんと、可愛い子ね」
お姉様の声には、自然と優しさがにじむ。
ルナは嬉しそうに胸を張り、ぴんと尻尾を立てた。
その様子が可笑しくて、また笑いがこぼれる。
アイスペシャルティーの氷が、カランと鳴った。
その音が、みんなの笑い声と混じり合い、部屋の空気をより柔らかくしていく。
──こうして過ごす何気ない時間が、きっと“しあわせ”というものなのだろう。
私はルナの嬉しそうな顔を見つめながら、そんなことを思っていた。




