310.聖霊様と朝日の味
『それでは、いただきまーす!』
最初の時の雰囲気はどこへいったのか、テンションが妙に高い聖霊様はまるで光そのものが笑っているかのように輝いた。
両の手のひらにそっと浮かぶおにぎりを見つめるその姿は神聖とは程遠く──まるで、子どもみたいだった。
「どうぞ……口に合うといいんですけど」
私は胸の前で手を組み、そっと見守る。
ステラとネージュも興味津々でその様子をのぞきこんだ。
『わあ……これが“おにぎり”というものなのですね。ころんとしてて、白くて……あっ、ほんのり温かい……!』
「炊いたばかりのお米で作って、マジックバッグに入れてたのです。
お米や具材はもちろん、塩もクリスディアの海から作ったものを使ってます」
『海の……塩! なんて尊い循環でしょう。水が空をめぐり、雨となり、また海へ還る……まるで祈りの輪のようです!』
聖霊様は感極まったように、おにぎりを両手で抱えると、ゆっくりとひと口──。
『……っ!』
「どうですか?」
私はどきどきしながら見守る。ステラも前のめりになっている。
彼女の膝に乗るルナも、鼻を高くあげていた。
聖霊様の頬が、ふわりと紅に染まった。
光の衣がいっそう輝きを増し、泉の水面に七色の波紋が広がる。
『……おいしいです……! なんて、優しい味……!』
その声はまるで鐘の音のように澄み、森の奥まで響いていった。
ルナが嬉しそうに鳴き、ネージュが尻尾をふるふると揺らす。
『これは、祈りの味です。
ひと粒ひと粒に、命を慈しむ心が込められている……。
ああ、人の営みって、なんて愛しいのでしょう……!』
感動のあまり、聖霊様の目尻に光の雫が浮かんだ。
それがぽとりと泉に落ちると、水面が一瞬だけきらめいて、
まるで星が生まれたように輝いた。
「そ、そこまで……!?」
私は半ば呆れ、半ば感動しながらも思わず笑みがこぼれる。
『ティアナ……あなたの作る食べ物には、“癒し”の力がありますね!
それは料理という形をとった祈り。
だからこそ、この森も、そして人々も、あなたに惹かれるのでしょう』
「癒し……の力……?」
聖霊様は微笑みながら、残りのおにぎりを大切そうに両手で包み込む。
その仕草は、まるで宝石を扱うように丁寧だった。
『あなたが“心を込めて作る”ということ──
それこそが世界を癒す祈りなのです。
どうか、その手を、優しさのままに使い続けてくださいね』
その声に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
誰かのために作ることが、こんなにも尊く感じられるなんて。
「……ありがとうございます、聖霊様。
今度は、もっといろんな味をお届けしますね」
『はいっ! 次は……サンドウィッチというものをぜひ!』
そう言って、聖霊様は右手を差し出してきた。
……ん?
私が止まっていると、その手はさらにずずいとこちらに差し出された。
「えっと……もしかして“次回”ではなく、“おかわり”ですか?」
『はいっ! まだまだ食べられます!』
えええー、まじで?
私は慌てて、マジックバッグからサンドウィッチを取り出した。
「えっと……おにぎりもけっこうボリュームあったと思いますけど……本当に、まだいけますか?」
『もちろんですっ! “おにぎり”というものは、心にもお腹にも優しいのですね!』
聖霊様は嬉しそうに両手をぱたぱたさせ、泉のほとりに光の輪を描く。
『サンドウィッチも美味しそうです! あっ、もちろんナポルケーキもいただきます!』
……さようですか。
私は大人しく、サンドウィッチを差し出した。
満面の笑顔でサンドウィッチを受け取る聖霊様。
『わぁ……っ! パンがふわっとしてますね。中に入っている黄色いものはなんですか?』
「それは、卵です」
『卵……! あの、鳥たちが生む、命のたまごですね!?』
「え、ええ、そうですけど……」
『なんて尊い……! 太陽の力と命の恵みがひとつになって、こんなにふわふわに……!』
聖霊様はサンドウィッチを両手で抱えたまま、光の粒をぱらぱらとこぼした。
その光が泉に落ちるたび、水面がきらめき、淡い金色の輪が広がっていく。
『……ん〜っ! やっぱりおいしいです! おにぎりとはまた違う優しさ……!
ティアナ、あなたのお料理は、まるで朝日の味ですね!』
「朝日の味……ですか?」
『はいっ! 食べると、心がぽかぽかしてくるんです!』
「ふふ……ありがとうございます。
でも、もうそろそろ、お腹の方は……?」
『あっ! だいじょうぶです! おいしいので、いくらでも入ります!』
「……そ、そうですか……」
思わず苦笑すると、ステラとネージュも顔を見合わせて笑っていた。
ルナは満足そうに丸まり、ぽかぽかした光の中で目を細める。
やがて、聖霊様は空を見上げて、小さく手を合わせた。
『今日のごはん、ほんとうに幸せでした。
この味、きっと風や水にも伝わります。森が、笑っていますね』
私は静かにうなずいた。
森の葉がさらさらと揺れ、光がやわらかく頬を撫でる。
お腹も心も、まるで陽だまりのように温かかった。




