表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
聖霊の住む森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

308/349

307.森に還る祈り


『──あなたの大切な者を、救うことができたのですね』


聖霊の声が静かに響いたあと、泉の光がゆるやかに揺れた。

ステラは胸の前で両手を組み、そっと頷く。


「はい……ルナの角を煎じてエレーネさんに飲ませたら、彼女の瞳に光が戻ったんです」

言葉を紡ぐうちに、ステラの頬を一筋の涙が伝った。


「本当に、ありがとうございました。聖霊さまのおかげです」


ルナが足元に寄り添い、低くやさしい声で鳴いた。

まるで「それでいいんだ」と告げるように。


だが、聖霊はしばし沈黙したのち、やわらかな響きで答えた。


『──私は、何もしていません。

すべては、この子──ルナが、ステラの祈りに応えたいと願った結果です』


「ルナが……?」

ステラが驚いたように見下ろすと、ルナは小さく鳴いて、澄んだ瞳で彼女を見上げた。


『この子は、自ら選びました。

痛みを越えて、誰かを想う心を形に変えることを。

それは、私が与えたものではありません。あなたたちが結んだ“絆”が導いたのです』


聖霊の声は、泉の水面をそっと撫でるように静かだった。

けれど、その言葉の一つひとつが胸の奥まで染み渡っていく。


ステラは両腕でルナを抱き上げ、頬を寄せた。

「……ありがとう、ルナ。あなたがいてくれたから、私は──」

声が途中で詰まり、言葉が続かない。

ルナはそんなステラの頬をぺたりと舐め、尻尾をふるふると揺らした。

その仕草があまりにも自然で、私の頬まで緩んでしまう。


私は一歩前に出て、聖霊へと向き直った。

「……けれど、それでも。聖霊様がこの場所へ導いてくださらなければ、ステラがルナの角を持ち帰ることもなかったはずです」


光がわずかに揺れ、聖霊の“気配”が私のほうへと向く。


「ですから──あなたにも感謝を。

ステラとルナを結ぶ絆を、見守ってくださってありがとうございます」


その言葉を受け止めるように、泉の光がいっそう柔らかく広がった。

聖霊の輪郭が微かに笑みの形を帯びる。


『……あなたの心は澄んでいますね、ティアナ。

私もまた、あなたに感謝しています』


「聖霊様が、私に……ですか?」


思わぬ感謝の言葉に、思わず目を丸くする。

自分が聖霊様からそんなふうに思ってもらえる理由など、まるで心当たりがない。

首をかしげていると、ネージュがそっと口を開いた。


「強い想いや魔力を持つ者の心は、聖霊に影響を与えやすいの。

でも、この森は……湖の大樹を失ってから人々の足が遠のき、聖霊の力も薄れかけていたんだよ」


その言葉に、私は小さく息を呑んだ。

森の大樹──あの光に満ちた存在を失ったことで、森そのものが弱っていた。

それでも今、この泉の光はどこか懐かしい温もりを取り戻している。


聖霊は、静かにその光の中から語りかけてきた。


『ティアナ。

あなたがこの森で人々と共に歩き、再び命の息吹を運んでくれた。

子どもたちの笑い声や、人々の心に森のことを思い出させてくれたことで──

この森は、もう一度息を吹き返したのです』


その声には、確かな感謝の響きがあった。

胸の奥が熱くなり、思わず視線を伏せる。

けれど聖霊の言葉は、そこで終わらなかった。


『そして……ステラ。

あなたがいつもルナを思い、祈り続けたことで、

この子は本来の力を──いいえ、

“ルナ”という名を与えられたことで、

その力を超える光を得たのです』


「……わ、私が……?」

ステラは目を丸くして、腕の中のルナを見つめた。

ルナは、まるでそれを肯定するように、小さく鳴き声を上げる。


「名を……与えたことで、力が?」

私も思わず問い返してしまう。

名が、力になるなんて。


聖霊は、泉の奥でふっと微笑んだように見えた。


『“名”とは、存在を形づくるもの。

あなたがこの子に心からの想いを込めて名を呼び続けたことで、

その名は祝福となり、この子の魂に刻まれたのです。

それは、あなたという人が、この森の光と響き合う証でもあります』


ステラの瞳が、涙の膜を張って揺れた。

ルナはそんな彼女の指をぺろりと舐め、柔らかく尻尾を振る。

まるで、「その名を誇りに思っているよ」と伝えるように。


私はそっと笑みをこぼしながら、その光景を見つめた。


──ステラとルナ。

二人の絆は、祈りと名を通して、静かにひとつの奇跡を生み出したのだ。

その光は、今も泉の底で、やわらかく揺れている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ