表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
聖霊の住む森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

306/349

305.信頼の証


私は思い出した。

オブシディアンに促されるまま、ネージュと彼に名前を与えたあの時のことを。


──「聖獣に名前を付けるというのは、その者と魔力を通じた契約、すなわち主と守護獣の関係を結ぶことだ」


確かに、彼はそう言った。

私は深く考えもせず、ただ「名付け」を当然のことのように受け入れ、その後に聞かされた重大さに驚いたのを思い出す。


「……そういうことだったのね」

小さくこぼれた私の声に、リズが鋭い視線を向けてきた。


「ティアナ様?」


「……オブシディアンが言っていたでしょう?

名付けはただの呼び名じゃない。聖獣に名前を与えるというのは──契約だと」


リズははっとしたように頷く。

「ルセルの町で、オブシディアン様が仰っていたことですね」


「契約……」

ステラが青ざめた顔で、自分の胸に手を当てる。


「じゃあ、わたし……名前を付けた時点で……ルナの契約者に……?」


「その可能性が高いです」

リズの言葉に、ステラの肩が小さく震えた。


「……そんな……」

赤い瞳が揺れ、呼吸が浅くなる。

想像もしていなかった現実に、心が追いつかない。


レーヴェが腕を組み、険しい顔でうなる。

「名付けるだけで契約が成立するなんて……」


「でも、理には適っています」

リズは静かに首を横に振った。


「名前は存在を定めるもの。与える者と受ける者の間に強い縁が結ばれても、不思議ではありません」


ステラはその言葉に、ぎゅっと唇を噛みしめた。

「でも……私、そんなつもりじゃなかったのに……」


声が震える。

無邪気な気持ちが、とてつもない責任に変わっていく。

彼女の肩が小さく震え、赤い瞳に涙がにじむ。


「まさか契約しちゃったなんて……ごめんね、ルナ……」


堰を切ったように涙が頬を伝う。

その肩へ、虹色の蝶──妖精がそっと舞い降りた。

羽ばたきとともに散る光が、彼女の濡れた頬をやさしく撫でる。


「……あ」

ステラが小さく息を呑む。


「この子……言ってる。『契約は束縛じゃない。約束であり、信頼の証』だって……」


その瞬間、彼女の表情がわずかにほころぶ。

涙の奥に宿る赤い瞳が、少しずつ安堵の色を取り戻していく。

張りつめていた空気が、静かにほどけていった。


ネージュがにっこり笑い、尻尾を揺らす。


「ルナは選んだんだよ。

名付けはね、聖霊が“主”だと認めた人が、名前を付けることで契約が成立するの。

一方的に名前だけ付けようとしても、聖霊が望まなければ成立しない」


「それじゃあ、ルナが私を……?」


「契約が成立したってことは、ルナがそれを望んだってことだよ」


──契約。

それは軽い言葉ではない。

名付けとは、私が思っていた以上に重く、そして大切な意味を持っていたのだ。


「ステラ……ごめんね」


私の口から、自然に言葉がこぼれた。

ステラは潤んだ目を丸くし、驚いたように私を見た。


「ティアナさま?」


「オブシディアンから“名付け”の大切さを聞いていたのに、わたしが『名前を付けてあげたら?』なんて軽い気持ちで言ったせいで……こんなことになっちゃった……」


ステラはゆっくりと首を振った。

その動きは小さかったが、そこには揺るぎない意志が宿っていた。


「違います、ティアナさま」

涙に濡れた声が、震えながらも真っすぐに響く。


「……確かに、あのときティアナさまがそう仰ったことがきっかけでした。

でも──名前を付けると決めたのは、私自身です。

そして、ルナも……それを受け入れてくれたんです」


ステラは両手を胸の前で組み、ルナがいるであろう洞窟の方を見つめた。

その瞳には、もう迷いはなかった。


私は静かにその横顔を見つめた。

さっきまで泣いていた少女が、今はしっかりと自分の言葉で絆を語っている。

その姿に、胸の奥が温かくなる。


──名付けとは、責任であり、絆であり、そして信頼。

その意味を理解し、受け止めようとする彼女の強さに、私は確信した。


「……ステラとルナなら、きっと大丈夫ね」


私がそう告げると、ステラは静かに微笑み、深く頷いた。


その瞬間、私の中の不安も静かに消えていく。

彼女とルナの契約は、偶然ではない。

互いを選び、認め合った──必然の絆なのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ