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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
聖霊の住む森

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303/349

302.祝福と閉ざされた洞窟


翌朝、私たちはまだ薄闇の残る森へと足を踏み入れた。

冷たい夜気が漂い、吐く息は白く揺らめいてはすぐに消える。木々のあいだから洩れる鳥のさえずりさえ、夢の名残のように淡く響いていた。


先頭を歩くレーヴェの背は揺るがず、迷いなく前を見据えている。その後ろに静かな足取りでステラが続き、私とリズは肩を並べて歩いた。


「……湖が、もう見えてきます」

レーヴェの声は、森の深みに落ちる水滴のように静かに響いた。


木々の切れ間から光が差し込み、やがて視界に広がったのは鏡のような水面だった。

梢の隙間から差し込む朝日が湖面をきらめかせる。波が揺れるたび、まるで細かな宝石を散らしたように光が砕け、きらめきを返していた。


見慣れたはずの景色なのに、今日の湖は胸の奥をざわつかせた。

周囲には花々が咲き乱れ、風が撫でるたびに淡い香りを放つ。


「……ここまでは、私たちも知っている景色ですね」

リズが湖面を見渡しながら呟くと、ステラは小さく頷き、さらに奥を指し示した。


「ルナを追って進むうちに、私は洞窟を見つけました」


その言葉は、湖面に落ちた小石のように私の心へ波を広げた。

──秘密が、この水の奥に眠っていたなんて。


ふと、白い蝶がひとひら舞い降りる。

それはやがて群れとなり、私たちを取り囲んだ。普通ならば人を避けるはずの蝶たちが、ここでは風の一部となり、衣の裾や髪へやわらかに触れてくる。まるで湖そのものが私たちを迎えているかのように。


私はそっと手を伸ばす。ひとつの蝶が指先に止まり、羽ばたきがかすかな光を散らした瞬間──。


「わあっ!」


振り返ると、ステラの姿に息を呑む。

彼女の周りには十を超える蝶が降り立ち、淡い輝きがほの白い霧のように漂っていた。


「あら……」

「これは、まるで祝福のようだな」


リズとレーヴェが驚きを洩らす。

蝶に包まれたステラは困ったように眉と長い耳を下げた。


「ひゃ、くすぐったいですっ!」


その愛らしい姿に、張りつめていた空気が一気に和む。

緊張で硬かった表情が、自然な笑みに変わっていった。


やがて、レーヴェが森の奥を見やり、低く告げる。


「では、奥へ進みましょう」


私たちは湖畔を回り込み、彼の示す方角へ足を進めた。

水際の土はやわらかく、踏みしめるたびに水音のような響きを返す。やがて森のざわめきは遠ざかり、鳥の声すらも薄れていく。


そして、木々が途切れた先に──岩肌の奥、闇の裂け目が現れた。


「……あれが」

声が自然に落ちる。


「本当に……洞窟があるなんて」

リズも目を見開いたが、ふと小さく首をかしげた。


「こんなに目立つ場所に……今までダンさんや子どもたちが見つけなかったなんて、不思議ですわね」


その疑問が、胸の奥に冷たいしずくを落とす。

確かに、これまで何度も訪れた湖畔で、こんな存在を誰も口にしたことがなかったのだ。


森と湖の美しさに溶け込んでいながら、その闇は異質で、息を潜めるように沈黙を湛えていた。

まるで永い年月、世界の裏側に隠されてきた秘密が、私たちを待っていたかのように。


胸の奥で高鳴る鼓動を覚えながら、私は洞窟を見据える。


──ここから、何かが始まる。


なぜか、そんな確信めいた予感があった。


「……きゃっ!」


リズの小さな叫びと、澄んだ音のような衝撃が響く。

彼女は洞窟の入口で、自分の手を押さえていた。


「リズっ、大丈夫?」


駆け寄ってその手を取る。

白く長い指は傷一つなく、安堵とともに吐息が漏れた。


「はい、大丈夫です。驚いただけで、痛みはありません」

リズは落ち着いた声でそう告げ、そっと微笑んだ。けれど、その視線は洞窟の奥へと注がれていた。


「やはり……私は入れないようです」


ゆっくりと伸ばした彼女の手は、透明な壁に阻まれるように止まり、光の粒を散らして弾かれた。

レーヴェも試したが、同じように見えない壁に拒まれる。


「……やはり、入れないか」

彼は小さく眉を寄せ、洞窟の奥を見据えた。その声音には、硬い緊張が滲んでいた。


次にステラが一歩前に進み、迷いのない動作で手を差し出す。

その瞬間、淡い揺らぎが広がり、彼女の腕はすっと洞窟の奥へと溶けていった。


「本当に……ステラだけが」


思わず、呟きが漏れる。


私は胸の鼓動を抑えきれず、意を決して手を伸ばした。


──すると。


「えっ!?」


信じられない光景に、目を見張る。

私の腕もまた、洞窟の闇の中へと吸い込まれていたのだ。




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