297.再び抱きしめ合える日
「お前……それは──っ!?」
「父ちゃん! 脚が……! なんで? 治ったの!?」
ダンさんの驚愕の声に、ルトくんの弾むような声が重なった。
「ステラがね、私を助けるために薬の素材を採ってきてくれて……そしてティアナ様が、その薬を作ってくださったの」
エレーネさんは膝を折り、ルトくんと同じ高さで視線を合わせる。
やわらかな笑みを浮かべながら、そっと言葉を重ねた。
「その薬を飲んだらね、私はこうして元気になれたし……お父さんの脚も治ってしまったの」
ルトくんの瞳がぱっと大きく見開かれる。
そこに宿った光は、驚きと喜びでいっそう強くきらめいた。
「父ちゃんっ!」
小さな体で勢いよく飛び込むルトくん。
ロベールさんは腕に抱いていたエマちゃんをエレーネさんに預け、両腕でしっかりとルトくんを受け止めた。
「ルト……」
声は震え、瞳には涙が滲んでいる。
腰に顔を埋めるルトくんもまた、嗚咽をこらえきれずに泣いていた。
「もう……もう、杖がなくても立てるんだね! 一緒に外で遊べる? 剣の練習も、ちゃんと一緒に出来るよね!?」
その言葉に、ロベールさんの喉が大きく詰まった。
長い間、諦めていた願い。叶えてやれなかった約束。
それが今、息子の笑顔とともに目の前でよみがえっている。
「……ああ……遊ぼうな、ルト。剣の練習も……たくさんやろうなっ!」
その様子に、ネロくんが目尻を腕でぬぐった。
「……よかった……っ」
ダンさんがそんなネロくんの頭をぐしゃぐしゃっと撫で、鼻を鳴らす。
「良かったな……本当に……っ!」
ロベールさんは二人に笑顔で頷くと、片方の腕をネロくんへと伸ばした。
そのまま、ロベールさんの胸に収まったネロくん。
「えっ! ちょっと……っ!」
驚き、体を起こそうとしたネロくんだったが、ルトくんとまとめてロベールさんがぎゅっと抱きしめた。
「……もう……二度と……こうして自分の脚で立つことは……お前たちを両腕で抱きしめることは、ないと思ってた」
表情はネロくんの肩に顔を埋めているため見えない。
だけど、その声は震えていた。
そんな父親の様子に、ネロくんは抵抗をやめ、そっと背中に腕を回した。
エレーネさんはそんな三人の姿を見つめながら、胸にエマちゃんを抱き寄せた。
生まれたばかりの娘は、何も分からぬまま小さな手をぎゅっと握りしめ、かすかに声を上げる。
その泣き声が、家族の胸をさらに強く震わせた。
「……良かったわね」
小さく、けれど確かな声でエレーネさんはつぶやいた。
こらえきれない涙が頬を伝い、エマちゃんの柔らかな産毛に落ちていく。
その姿に、ステラがそっと近づいた。
「エレーネさん……」
寄り添うように肩へと手を添えると、エレーネさんは静かに微笑み返す。
「ありがとう、ステラ。あなたが勇気を出してくれたから……こんな奇跡が起こったのよ」
そして、彼女は私たちにも顔を向け、深く頭を下げた。
「本当に……ありがとうございましたっ! この子たちに……ロベールさんと子どもたちにまた会えて……それだけでも十分なのに……彼の脚まで……っ」
言葉は涙に溶けて途切れた。
エマちゃんを抱きながら泣き崩れるエレーネさん。
私は一歩前に出て、静かに言葉を添えた。
「私はただ、薬を作っただけです。……けれど、本当にうれしい。こうして家族が笑顔でいられることが、一番だと思いますから」
その言葉に、場にいた皆の胸が温かく満たされた。
ネロくんもルトくんも、父の腕の中で顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
だがその涙は悲しみではなく、再び得られた希望の輝きそのものだった。
やがて、ロベールさんはようやく腕の力を緩め、息子たちを見つめ直した。
「これからは……父ちゃんも、もっと頑張らなきゃな。脚が戻ってきたんだ。エマのためにも、ルトやネロのためにも……家族を守れる父親にならなきゃな」
涙に濡れた笑顔に、決意の光が宿る。
「剣を握れるなら、また兵団の最前線に立とう。もう裏方に甘んじはしない。俺のこの脚で……お前たちの未来を守る!」
その言葉は力強く、胸に響いた。
ダンさんが大きく息を吐き出す。
「まったく……泣かせやがって……俺まで泣きそうになるだろうがっ!」
そう言いながらも、目頭を赤くしているのは誰の目にも明らかだった。
そして──。
窓から吹き込む風が、家の中をやさしく撫でていく。
涙と笑顔が入り混じる空気の中には、確かに新しい明日へと続く希望が満ちていた。




