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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
観光の街、クリスディア

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294.黄金の雫、残された光


赤子を胸に抱いたまま、エレーネさんはしばらく声もなく泣き続けていた。

その肩をロベールさんが優しく支え、二人──エレーネさんとエマちゃんを包み込むように抱きしめる。


「……ありがとう、エレーネ。君が無事で……君の声がまた聞けて……本当に良かった……っ」

押し殺した嗚咽が、静かな寝室に滲んだ。


エレーネさんはロベールさんの顔を見上げ、そっと額を重ねる。


「心配をかけて、ごめんなさい。あなたにも……子どもたちにも、“私は大丈夫”なんて言ったのに……。

また、辛い思いをさせてしまったわね」


その言葉に胸が詰まる。

きっと彼女の脳裏には、ロベールさんの亡き妻──ネロくんとルトくんの母の姿がよぎっているのだろう。


この世界では、出産はまさに命懸け。

ルトくんを産んだことで命を落とした母親のことを思えば、ロベールさんの恐怖は計り知れない。

そこへ今度はエレーネさんまで……。胸の奥が痛むのを抑えられなかった。


ロベールさんは静かに顔を上げ、まっすぐに彼女を見つめて首を振る。

「もういい。君は……こうして戻ってきてくれたんだ」


その言葉に、エレーネさんは微笑んだ。

涙の跡が残る顔に、それでも確かな安堵がにじんでいる。


彼女は赤子を抱き直し、私とステラに視線を向けた。

「……ティアナ様、エリザベス様。本当にありがとうございました」


震える声ながらも、はっきりとした口調。

リズは微笑み、首を横に振る。


「私は何もしていないわ。素材を見つけてきたのはステラで、薬を作ったのはティアナ様よ」


ロベールさんも深々と頭を下げる。

「言葉では言い尽くせぬほど感謝しています。あなたたちが命を繋いでくれた。私は……一生この恩を忘れません」


普段は家族を支え続ける彼が、震える声でそう告げる。

どれほどの恐怖と絶望に耐えてきたのか、胸に迫るものがあった。


ステラは涙をこぼしながらも、小さな声で言った。

「私は……ただ祈っていただけで……」


そこまで言うと、唇を結び、口角を上げる。

「私じゃなくて……ルナが。ルナが守ってくれたんです」


「……ルナ? もしかして、昔……街の外れの森で助けて、ステラがずっと探していたあの子?」


エレーネさんの問いに、ステラは静かに頷いた。

その笑顔を見て、エレーネさんは小さく「……そっか」とつぶやく。


「じゃあ、今度は私が森へ行かなくちゃ。お礼を伝えるために……ルナを探しにね」


「エレーネさんが……ルナに?」

ステラの瞳が大きく見開かれる。


「ええ」

赤子を抱いたまま、エレーネさんは力強く頷いた。

「私がこうして生きていられるのは、あなたたちと……そしてルナのおかげだから。

この子を抱きしめられる今があるのは、奇跡そのものだわ。感謝を伝えずにはいられない」


ロベールさんが妻の肩に手を添え、優しく微笑む。

「君がそう思うなら、必ず行こう。僕も一緒に」


「……ルナも、きっと喜びます。みんなでお礼を伝えに──ルナと聖霊さまに会いに行きましょう!」

ステラの声は涙に濡れていたが、未来を信じる光に満ちていた。


窓辺のカーテンがふわりと揺れ、淡い光が差し込む。


私は胸の奥が温かくなるのを感じながら、ふと問いかける。

「ステラ、その“聖霊さま”っていうのは……?

オブシディアンとネージュのことじゃないわよね?」


「……あ、はい! ネージュたちとは別の聖霊さまです。あの森の奥……洞窟の中の不思議な場所へ、ルナが案内してくれたんです」


リズと顔を見合わせた私の前で、レーヴェが低く口を開いた。

「俺は……入口に透明な壁のようなものがあり、その洞窟には入れませんでした。

ステラとルナだけが通れたのです」


「……私たちは、その洞窟に入れるのかしら」

リズのつぶやきに、私も同じ不安を覚える。


聖霊さまの領域。もし人の身では踏み込めない場所なのだとしたら──。

そんな思いが胸をよぎり、ふと視線が脇に置かれた小瓶へと落ちた。


先ほどまで黄金に輝き、命を繋いだ薬。

まだ半分ほどは残っている。だがその輝きはすでに薄れ、淡い残光がかすかに揺らめいているだけだった。


「……色が……」

思わず漏れた声に、皆の視線が瓶へ集まる。


ステラが胸の前で手を組み、祈るように囁いた。

「きっと……必要なときにだけ力を貸してくれるんです。だから、もう輝きを保てなくなったのかも」


「つまり、一度きりの奇跡……ということか」

ロベールさんが低く言い、静かに目を閉じる。


エレーネさんは赤子を抱きしめ、その言葉を確かめるように頷いた。


私は小瓶を手に取り、残る温もりを掌に感じた。

さっきまで確かに宿っていた力の余韻が、まだかすかに脈打っていた──。




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