292.祈りと希望の調合
奥の部屋に移動し準備をしていると、ノックの音とともに扉が開き、リズが駆け込んできた。
「ティアナ様! ネロさんから聞きました。
何があったのですか?」
「リズ……これを」
私は両手で持った角を見せる。
彼女は一瞬、目を疑ったように見開き、すぐに息を詰めた。
「これは……まさか、ジャッカロープの角……? どうして……!」
「ステラが……聖霊とルナから託されたと言うの。これを煎じて飲ませれば、エレーネさんが助かるかもしれない」
リズが大きく息を呑んだ。
私自身も口にしながら、胸の奥が震えている。──信じたい、信じるしかない。
リズは角をまじまじと見つめ、それから真剣な表情で頷く。
「……分かりました。試しましょう」
私はステラと視線を交わす。
小さな拳を握りしめたステラの瞳は揺らがず、まっすぐに光を宿していた。
その姿に胸が熱くなり、息が詰まるほどの責任を感じた。
──こうして、奇跡を呼ぶための準備が静かに始まった。
◆
マジックコンロに火を灯す。
清らかな水を鍋に注ぐ音が、静まり返った部屋に澄んだ調べのように響いた。
その水は、ステラが持ち帰ったもの──聖霊の眠る洞窟から汲んだ泉の水。
ただ注ぐだけの所作なのに、祈りを込めた儀式の一端のように感じられる。
「ティアナ様……角を」
リズの声に促され、私はテーブルに置かれた角をもう一度見下ろした。
淡い光が宿り、触れれば掌に心臓の鼓動のような温もりが伝わってくる。
その温もりは、ステラとルナの想いそのもの──。
これはただの薬ではない。命を繋ぎ、未来をつなぐための奇跡。
私は息を整え、静かに呟いた。
「──【解析】」
見慣れた半透明のウィンドウが、目の前に浮かび上がる。
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【絆の証】
ステラの想いが込められた、ジャッカロープ・ルナの角。
(効果)
対象者を癒す効力がある
(品質)
∞
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ただの素材を示すはずの表示は、まるで想いの重みを文字にしたかのようだった。
胸の奥で感謝と祈りを捧げ、私はウィンドウを閉じる。
「……ティアナさま?」
ステラが不安そうに赤い瞳を揺らしながら、私を見ていた。
安心させるように微笑み、ステラの手を取る。
「ありがとう。きっとこれで──ステラとルナのおかげでエレーネさんは助かるわ」
そして、決意を胸に角を見つめた。
「ここからは私がやるわ」
慎重に角を台の上に置き、鋭い刃で根元を切り取る。
硬いはずの角が、不思議なほど滑らかに断たれ、淡い光の粉が舞い上がった。
部屋にいた全員が息を呑む。
「……きれい……」
舞い上がった光を見つめ、ステラが思わず呟いた。
切り取った角を小さく砕き、鍋へ入れる。
初めて見る角、初めて扱う素材なのに……スキルの効果なのか自然と手が動いた。
熱された水に触れた瞬間、ぱぁっと金色の光が弾けた。
まるで夜空の星を閉じ込めたかのような輝きが水面に広がり、
ほのかに花のような甘い香りが部屋いっぱいに満ちていく。
光は壁を照らし、影を揺らめかせ、まるでこの部屋そのものが祈りの場になったようだった。
──失敗は許されない。必ず、成功させる。
胸の奥で強くそう誓いながら、私は鍋を見つめた。
黄金の光はしばらくのあいだ水面で瞬き、やがて静かに沈んでいった。
鍋の中には、澄み切った金色の液体があった。
「……できた」
思わず呟いた私の声に、ステラが小さく頷いた。
その瞳には涙が浮かんでいた。
リズは真剣な表情のまま、鍋を覗き込む。
「香りも輝きも……ただの薬とはまるで違います。まさに、奇跡の調合です」
清浄な器を並べ、慎重に薬液を汲み取っていく。
器に注がれるたび、液体はかすかに光を放ち、まるで命そのものを閉じ込めたようだった。
ステラはその光景を食い入るように見つめ、ぎゅっと胸の前で両手を合わせた。
「……どうか、エレーネさんを助けて……っ!」
その祈りが部屋を包み込み、私の胸にも力を与えてくれる。
私は完成した器を手に取り、改めて心に誓った。
──必ず、エレーネさんを救う。
ステラと力強く頷き合い、私は声を張った。
「さあ、行きましょう。エレーネさんのもとへ──」
黄金の薬を手に、私たちは決意を胸に部屋を後にした。




