289.光に招かれた者
「ルナ?」
ステラはルナの様子に気づき、声をかけた。
ルナが見つめている先には、岩の割れ目がある。
外からでは奥の様子は分からないが、ある程度の広さを持った空洞になっていそうだった。
「この中に……何かあるの?」
問いかけると、ルナは一度こちらを振り返り──ぴょんっとその割れ目へ飛び込んでしまった。
「あっ! ルナ、待って!」
「ステラ!」
追いかけようとしたステラの腕を、レーヴェが掴む。
「中がどうなっているかも分からないのに、危ないだろう!」
「でも、ルナが! ……なんかね、中においでって誘ってる気がするの!」
必死に訴えるステラを見つめ、レーヴェは眉間に皺を寄せた。
本来なら説得して止めるべきだ。
だが、エレーネの件で沈んでいた妹が久しぶりに目を輝かせている。
レーヴェは深く息を吐いた。
「……分かった。だが中がどうなっているか分からない。俺が先に行く」
「お兄ちゃん! ありがとう!」
ステラの笑顔に、レーヴェは小さく頷いた。
割れ目の前に立ち、手を伸ばす。
「よし……」
──キンッ!
「うわっ!」
甲高い音と共に弾かれ、思わず声を上げて後ずさった。
「お兄ちゃん!?」
駆け寄るステラ。
レーヴェは伸ばした手を押さえながら低く呟く。
「……何かに拒まれた。俺には入れない」
「でも、ルナは普通に入れたのに……」
ステラは目を見開き、戸惑いと期待を入り混ぜた声を漏らす。
「──ルナが、わたしを呼んでる」
その言い方がいつものステラとは違い、レーヴェは思わず問い返す。
「ステラ?」
だが彼女は応えず、スッと前に出て割れ目に手を伸ばした。
──波紋が広がる。
水面に触れたように柔らかく揺らぎ、すっと彼女の手を飲み込んだ。
「ステラ! 待て!」
静止の声も届かず、ステラの全身は光に包まれていく。
──キンッ!
レーヴェが伸ばした手はまたも弾かれ、目の前には見えない壁だけが残った。
「……あれ?」
気づけばステラは見知らぬ場所に立っていた。
振り返ると、必死に壁を叩く兄の姿がある。
「わたし……通れた……」
胸の奥に温もりが広がり、不思議な確信が芽生える。
──この奥へ進まなければならない。
振り返り、レーヴェに微笑んだ。
「大丈夫。必ず戻るから、待っててお兄ちゃん」
「……わかった。気をつけて行ってこい」
不安は消えなかった。だが“必ず戻る”と告げる妹の瞳を見て、レーヴェは信じる決意を固めた。
◇
ひんやりとした空気が頬を撫でる。
足を進めるごとに、水音が壁に反響して広がり、洞窟全体が静かな調べを奏でているようだった。
外の森とはまるで違う。
割れ目の先には、広がる幻想的な空洞があった。
岩肌から清らかな水がいく筋も滴り落ち、床を伝って小さな泉に集まる。
その泉の上には淡い光が漂い、蛍のような粒がふわふわと舞っていた。
光は泉に映り込み、壁一面に揺らめく模様を描き出す。
「……きれい……」
思わず息を呑むステラ。
水と光と静寂が調和するその場所は、外の世界から隔絶された──まるで聖霊の棲み処のようだった。
ルナは泉のほとりで振り返り、じっとステラを見つめる。
その瞳は「こちらへ」と語りかけるように澄んでいる。
「ルナ……ここは、なに?」
問いかけた瞬間、空洞の奥からひとすじの風が流れ込む。
ふわりと髪が揺れ、光の粒が舞い上がった。
ステラは思わず立ち止まった。
耳を澄ますと、水滴が落ちる音の奥に、かすかに“声”のようなものが混じっている。
言葉にはならない。
けれど、不思議と胸に染み込んでいく。
「……歓迎、されてる……?」
自分でも驚くように、その言葉が口をついて出た。
胸の奥に優しい鼓動が響く。
それは恐怖ではなく──確かに守られていると感じられる気配だった。
「……聖霊さま……?」
ぽつりと呟いた声が泉の水面に溶けると、光の粒はいっそう強く輝き、ステラの周囲に集まってきた。
淡い光に包まれながら、ステラは目を閉じる。
まるで祈りに応えるように、温かな気配が彼女をやさしく抱きしめていた。




