284.仲間の決意、私の誓い
私は屋敷に戻り、エレーネさんの容態を皆に伝えた。
「そんな……エレーネさんが……っ」
ステラは顔を覆い、嗚咽をこらえるように肩を震わせる。
その肩を、レーヴェが無言で抱き寄せた。
「とりあえず出血は止まって、最悪の事態は免れたみたい。
でも……まだ予断を許さない状態らしいの」
私の言葉に、オリバーとアンナも顔を曇らせる。
「ネロやルトは……それにロベールおじさんは、大丈夫なんですか?」
アンナに問われ、私は目を閉じた。脳裏にあの光景が蘇る。
憔悴しきったロベールさん。
声が枯れるほど母を呼び続け、泣きはらした目のルトくん。
そして、そのふたりを必死に支え、気丈に声をかけ続けていたネロくん──。
その姿が胸に突き刺さり、言葉が喉に詰まった。
「……生まれた赤ちゃんの世話もあるし、しばらくはリズにエレーネさんの傍にいてもらうことにしたわ」
静かな沈黙が落ちる。
やがて、オリバーが重く口を開いた。
「そうですね。新生児の世話はただでさえ大変です。エレーネさんの容態を考えると、ご家族だけでは到底……」
子育て経験のある彼の声には、悔しさがにじんでいた。
アンナは胸の前で手を組み、唇を噛みしめる。
「……私も手伝わせてください。おむつ替えや授乳の補助ならきっとできます。皆の食事だって、私が用意します」
オリバーが頷く。
「ティアナ様、もしよければ私たちが食事を運びましょう。屋敷の仕事はこちらで調整します。……赤ん坊の世話に人手が要るなら、マリーを向かわせることもできます」
私は小さく首を横に振った。
「ふたりとも、ありがとう。食事の用意はお願いしたいけれど……屋敷のことは心配しなくていいわ。調整はこちらでやるから」
言いながら、自然と微笑みを添えていた。
「材料も屋敷のものを自由に使って。……どうか、ロベールさん一家を支えてあげて」
少しの沈黙を経て、ステラが涙を拭い、力強く顔を上げた。
「エレーネさんは、私たちにとっても家族のように大切な方です。私ができることがあるなら、何でもします!」
その横で、レーヴェが静かに頷いた。
アンナは涙をぬぐい、立ち上がる。
「すぐに支度します。せめて皆が少しでも温かいものを食べられるように……」
「俺は保存の利く料理を考えよう」
オリバーも顔を引き締め、すぐに行動へ移る。
「私は……祈ります」
ステラが胸の前で手を組み、震える声で言った。
「エレーネさんが、どうか元気に戻ってこられるように」
その手を、レーヴェがそっと包み込む。
「お前の祈りは、きっと届くさ。……ティアナ様、俺たちにもできることがあれば何でも言ってください」
──皆が、それぞれにできることを見つけようとしている。
誰ひとり諦めていない。
そんな仲間たちの姿に、胸の奥がじんと熱くなると同時に、痛みも走った。
私は……? 私はまだ、ただ焦り、祈ることしかできていない。
(……いや、違う。皆が前を向いているのに、私だけが立ち止まっていてどうするの)
耳の奥に、助産師の声がよみがえる。
「予断を許さない」──その冷たい響きが、まだ張りついて離れない。
(……輸血さえあれば。いや、それだけじゃない。ポーションが効かないのなら──もっと別の方法を探さなきゃ)
(仲間が倒れる前に、考えておくべきだったのに……!)
悔しさに唇を噛み、拳を握りしめる。
祈るだけでは足りない。慰めるだけでも足りない。
──必ず、まだ方法はある。
この世界で、異世界を知る私だからこそ掴める答えが。
私は深く息を吸い込み、心の奥で固く誓った。
窓の外には、夜がすでに深く沈んでいる。
ランプの炎だけが頼りなく揺れ、長い影を落としていた。
その闇の中で、私は決して目を閉じなかった。
光を待つだけではいられない。
私が動かなければ──未来は変わらないのだから。




