表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
観光の街、クリスディア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

280/349

279.小さなおにぎりと大きな祈り


昼食を終えて一息ついたころ、私は調理場へと足を運んでいた。

炊き立ての米の香りや、煮込み鍋から立ちのぼる湯気が漂い、活気のある声が飛び交っている。

そんな中、私は少し緊張しながら口を開いた。


「小さなおにぎりをいくつか詰めて、色どりを添えて……旅の途中でも食べやすいものにしたいんです」


料理人たちは一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐに手を止めて真剣に耳を傾けてくれた。


「なるほど……一口で食べられる大きさにすれば、確かに便利ですね」

「塩加減や具材次第で、いくらでも工夫できそうだ」

「色を添えれば、見た目にも楽しめそうです」


次々と声が上がり、思いもよらぬ反応に私は胸が高鳴った。

──やっぱり、ただの思いつきで終わらせたくない。


「例えば、梅干しなら赤、菜の花なら黄色。海苔の黒に、白ごまの淡い色を散らしても素敵ですわね」

「お肉を混ぜたものも欲しいです。男の方や子どもなら、そっちのほうが喜ばれるかもしれません」


気づけば、料理人たちの間でも小さな議論が始まっていた。

その光景に、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。

──次に会うとき、胸を張って差し出したい。そんな想いがますます強くなった。


「ティアナ……」

背後からミランダお姉様の声がして、振り返ると彼女がくすっと笑っていた。


「そうやって新しいことを考えているときの貴女って、本当に楽しそうよね」


「……やっぱり顔に出ていましたか」

ふっと苦笑がもれる。


「でも、それはミランダ様も同じですよ」

後ろに控えていたリズがさらりと言った。

お姉様は一瞬言葉を詰まらせ、私がつい吹き出すと、鋭い視線が飛んでくる。


「……はい、申し訳ありません」


慌てて頭を下げる私を見て、今度はリズが柔らかく笑んだ。

「でも、こうして話しているだけで、なんだか食べたくなってしまいますね。かわいらしいおにぎりが並んでいるところを想像すると……」


その言葉に、私はすぐに身を乗り出してしまった。

「でしょう!? 例えば梅の赤、菜の花の黄、紫蘇や胡麻の香り……彩りを詰めれば、それだけで旅の疲れも癒えると思うんです」


「うふふ、まるで小さな宝石箱ね」

ミランダお姉様が扇を口元に当て、楽しそうに微笑む。

「見た目の楽しさも、食事の大事な要素ですわ」


想像は次第に膨らみ、ついには「包み紙をどうするか」「汁気のある具はどう防ぐか」と、細かい話にまで及んでしまった。

話せば話すほど胸が躍り、すぐにでも試したい気持ちが抑えられない。


そんな時だった。


リズが、ふと思い出したように言葉を継いだ。

「おにぎりといえば──エレーネが“全種類制覇しました!”って嬉しそうに言っていましたよね」


「あっ……」

胸の奥が温かく満ちていく。


──笑いながらおにぎりを頬張っていた姿。

──新作のネイルを見つめ、「出産が終わったらこれを塗ります」と未来を語った瞳。

──お腹をさすって「元気すぎるよぉ」と照れ笑いした声。


昨日のことのように思い出され、頬が自然と緩んだ。


「もう……そろそろのはずよね」

ミランダお姉様が扇をひらりと動かしながら、落ち着いた声で言う。

「無事に元気なお子が生まれることを祈るばかりですわ」


「本当に……」

リズも胸に手を当て、やさしく微笑んだ。


「そうですね。……生まれたら、真っ先に“おにぎりセット”を届けたいです」

私の言葉に、二人はそっと頷いてくれた。




──それから、さらに数日が過ぎた。


「ティアナ様! 大変です!」

廊下から若い使用人の少年が駆け込んできた。


たしか彼は……リュミエール商会で働いている、届け物などでよく動いてくれる子だ。

顔は紅潮し、肩で息をしている。


「エレーネさんが──今朝方から産気づかれたそうです!」


「……!」

心臓が跳ねる音が、全身に響いた。


「助産師は?」

すぐにミランダお姉様が問いかける。


「もう呼ばれているそうです! ご家族も付き添って……!」


最後まで聞く前に、私は声を上げていた。

「準備を! 私たちもすぐに向かいましょう!」


「ティアナ、落ち着きなさい。赤ちゃんはすぐに生まれるわけではありませんよ」

お姉様に諭され、私ははっとして足を止める。


その後ろで、リズが静かに祈るように言った。

「無事に……母子ともに元気でありますように」



 ◆


馬車の車輪が石畳を打つ音が響く。

胸の鼓動は早鐘のようで、窓の外の景色はほとんど目に入らなかった。


──エレーネさん。

どうか、あなたと赤ちゃんが元気でありますように。


私は強く両手を握りしめ、祈り続けていた。




馬車がエレーネさんの家の前に到着すると、ネロくんが家の中から出てきた。

険しい表情をしていたが、私たちを認めると、ほっと息を吐き、深く頭を下げた。


「……来てくれて、ありがとうございます」


「当然です」

短く答え、私とリズは案内されて控えの部屋へ入った。


そこにはルトくんの姿もあった。小さな体を椅子に預け、落ち着かない様子で足を揺らしている。

私がそっと隣に座ると、彼は不安そうな瞳でこちらを見上げた。


「お母さん……大丈夫だよね?」


「大丈夫。……とても頑張り屋だから」

そう言って頭を撫でると、ルトくんはきゅっと唇を結び、うなずいた。


長い沈黙の中、外からはときおり人の足音や押し殺した声が伝わってくる。

張りつめた空気に包まれ、誰もがただ祈るように息をひそめていた。


──やがて聞こえてくるであろう産声を待ちながら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ