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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
観光の街、クリスディア

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276.未来を開く一枚のレシピ


オリバーとアンナは深々と礼をして、静かに部屋を辞していった。扉が閉まると、わずかな反響が壁を伝い、やがて消えていく。

その余韻の後には、しんと澄んだ空気が卓を包み込んだ。茶器が受け皿に触れて澄んだ音を響かせ、それが場の静けさを一層際立たせる。

料理人たちが去った後の場には、貴族同士だからこそ成り立つ穏やかな会話の時が流れ出した。


ヴィオレッタ様は、少し迷いを含んだ笑みを浮かべられる。

「……心のこもった料理というのは、本当に格別ですわね。舌に広がる味わいだけでなく、胸の奥まで温められるようで……。

わたくしの屋敷でも、こうした食事をいただけたらと思いますが……やはり難しゅうございますね」


言葉が落ちた瞬間、場には短い沈黙が訪れた。誰もが思案に沈むような静けさ。その間を破ったのは、ミランダお姉様だった。扇を傾け、灯りを受けてきらりと光を返しながら、柔らかに微笑まれる。

「ティアナがオリバーたちに向ける眼差しを見ておりますと……結局のところ、料理人に技を磨かせるだけでは足りないのだと痛感いたします。

まずは私どもが彼らから信頼を得なければ。そうでなければ、どんな命も空回りしてしまいますもの」


卓を渡る言葉は重く、しかし澄んで胸に染みた。


ヴィオレッタ様は静かに瞼を伏せ、考えを咀嚼するようにゆっくり頷かれる。

「ええ、信頼は何よりも大切ですわね。技巧に心が伴わなければ、人の舌も心も満たすことはできません」


私は茶を口に含み、香ばしい苦味を舌に受け止めながら声を重ねた。

「信頼を得るには時間がかかります。でもまず、“料理を作る人も人間なのだ”と意識して向き合うことが大切だと思います。その人の思いを汲み、働きやすい環境を整えてこそ……心から料理に向き合っていただけるのではないでしょうか」


一瞬、卓の空気が張りつめる。けれど次の瞬間、ヴィオレッタ様はふっと肩をゆるめ、安堵を含んだ微笑を浮かべられた。

「……なるほど。難しくとも、避けては通れない課題ですわね」


その隣で、ミランダお姉様が茶器を置き、扇を軽く閉じて笑まれる。

「でも、“始めよう”とお思いになるお気持ちさえあれば、必ず道は拓けます。私もティアナからそう学びましたもの」


張り詰めた気配が解け、外の庭から小鳥の声がそっと差し込んでくる。茶葉の香りが空間を満たし、場の表情も自然に和らいでいった。


そのとき、フレイヤ様が姿勢を正し、静かに口を開かれた。

「私に、おまかせ下さいませ」


澄んだ声に視線が集まる。彼女は背筋を伸ばし、凜とした眼差しで言葉を継がれた。

「わたくしは下級貴族の出であり、もとは平民の身。だからこそ、料理人の方々と最初に言葉を交わす役目に相応しいと思うのです。

まずは私が一人で接し、貴族が必ずしも畏れられる存在ではないと知っていただくところから始めましょう」


その声音は落ち着いていながらも力強く、卓に座す皆の心を揺さぶった。


私は思わず頷いた。

「確かに、最初からヴィオレッタ様が直接出向かれると、料理人たちはかえって身構えてしまうかもしれません。でもフレイヤ様なら、自然に歩み寄れるはずです」


ヴィオレッタ様も目を細め、納得の笑みを浮かべられた。

「……なるほど。信頼を築く第一歩として、良い方法ですわね」


私はさらに言葉を添えた。

「ええ。いずれは皆様が直接向き合う時が来るでしょう。でも最初のきっかけは、肩の力を抜ける方からの方がよいと思います」


皆が互いに視線を交わし、うなずき合った。小さな灯が一人ひとりの胸に宿り、未来へ続く道を照らし出しているように思えた。


──やがて会話が落ち着いた頃、私は懐から一枚の紙を取り出し、両手で整えてヴィオレッタ様の前に差し出した。

「こちらを、お納めくださいませ」


「これは……?」


不思議そうに受け取られた彼女は、そこに記された文字を目にし、驚きの表情を浮かべられた。


「先ほど召し上がっていただいた、フレンチトーストのレシピです」


「まあ……!」


ヴィオレッタ様の瞳が輝き、頬が紅を差した。胸に紙を抱く姿は、喜びと戸惑いが入り混じっている。

「こんな貴重なものを……本当に、よろしいのですか?」


私は微笑み、穏やかに首を振った。

「もちろんです。目の前で作るのは料理人にとって大きな負担ですが、ただ作るだけならフレンチトーストは普段の材料でできます。卵も、牛乳も、砂糖も──特別なものではありません」


しばし紙を見つめた彼女は、やがて小さく息をつき、胸に抱きしめられた。

「……ありがとうございます。これなら、わたくしの屋敷でも一歩を踏み出せそうですわね」


その表情には、先ほどまでの迷いはなく、確かな希望が灯っていた。


ミランダお姉様は目を細めて「ふふ」と喉を鳴らし、妹を誇らしげに見守るように視線を送られた。フレイヤ様も静かに頷き、その横顔には責務を引き受けた者の覚悟がにじむ。そして私自身も、皆の心がひとつに結ばれ始めたのを感じ取り、胸に温かな熱を抱いた。


窓から差す光が卓を照らし、風がカーテンを揺らした。茶の香りとともに、小さな希望が未来へ続く道を示すように、静かにその場を包み込んでいった。




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