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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
観光の街、クリスディア

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269.香りと甘みの調べ


「ええ。国によっては薬として扱われることもありますし、カカオ分が高いほど甘さは控えめで、苦味が強くなるのです」


「……そうなんですね」

ヴィオレッタ様が小首をかしげ、フレイヤ様も同じように難しげな表情を浮かべる。


おそらく、未知の食べ物にいまひとつ実感が湧かないのだろう。


「もう──食べてもらった方が早いんじゃない?」

ミランダお姉様が軽く笑って提案する。

私も頷き、横に控えていたリズへ視線を送った。


「リズ、ちょっとお願いできる?」


「かしこまりました」


リズはマジックバッグを開き、中を確認する。

やがて、木の小箱を三つ取り出した。


「こちらが高純度で苦味の強いもの。こちらは一般的な甘いチョコレート。そして、これがミルクを加えたやさしい味のミルクチョコレートです」

リズは丁寧に箱を開け、それぞれの色味や艶がよく見えるようにテーブルへ並べる。


「まあ……っ!」


「最初は地味なお菓子かと思いましたが……艶やかで、まるで宝石のようですね」


ふたりが思わず声を上げる中、お姉様が高純度の板チョコを手に取った。


「まずはこれを」

小さく割って、ふたりの前へ差し出す。

ヴィオレッタ様とフレイヤ様は、互いに視線を交わしてから、恐る恐る口に運んだ。


「……っ!」


「……に、苦いっ……!」


瞬間、眉間に皺が寄る。

けれど、後から広がる深い香りに、ふっと目を細めた。


「確かに……薬のような力強さがありますわね」


「でも、香りが鼻の奥に残って……ちょっと癖になるかも」


「じゃあ次は、甘い方を」

お姉様が差し出すと、ふたりは一口かじり──今度は目を丸くした。


「甘い……! さっきと同じ物とは思えません」


「口の中でとろけて……これはまさしくお菓子ですわ」


最後にミルクチョコレートを口にすると、ふたりの表情がさらに和らぐ。


「まぁ……なんて優しい味……」


「甘さも香りも、すべてがまろやかになって……これはこれで全く違う食べ物ですね」


三種類の味わいを比べ終えたふたりは、感嘆の息をそろえて吐き出す。


「この三種類がすべて“チョコレート”なんて……面白いですわね」


「同じ材料でも、こんなに味が変わるなんて……驚きです」


その様子を見て、私は口元に微笑を浮かべた。


「お米と同じく、チョコレートも工夫ひとつで姿を変えるのです。──それが、食の面白さですね」


私の言葉に、ミランダお姉様が深く頷く。


「……ティアナに料理を教えてもらって、本当にそう思ったわ」


視線が自然とお姉様へ集まる。彼女はくすりと笑い、続けた。


「チョコレートは純度が違うだけで、これほど味わいが変わる。

さらに、生クリームやナッツを加えれば風味も食感も変わりますし、先ほどのワッフルのようにソースとしても使えますわ」


「そうですね」

私も頷き、補足する。


「ワッフルやクッキーなら、生地に溶かしたチョコレートを練り込めば“チョコレート味”になりますし、細かい粒状のチョコレート──チョコチップを混ぜれば、味だけでなく食感も楽しめます」


私たちの説明に、ヴィオレッタ様は「ほう……」と感心の息を漏らした。


その時、ヴィオレッタ様の隣に座るフレイヤ様が、そっとチョコレートを口に入れ、紅茶を一口含む。

そして──ぱっと目を見開いた。


……気づいたようだ。

私の口元にも、自然と笑みが浮かぶ。


「紅茶と合わせると、また違った味わいになりますよね。それを“マリアージュ”と呼ぶのです」


「マリアージュ……」

フレイヤ様が口の中で言葉を転がし、再び紅茶をそっと含む。


「なるほど……甘みがまろやかになって、香りがより引き立つのですね」


「ふふ、紅茶だけではなく、ワインやリキュールとも相性がいいんですよ」


お姉様がカップを揺らしながら言うと、ヴィオレッタ様も興味深げに頷く。


「ワインとも……? お菓子なのに、まるでお料理のようですわね」


「そうです。合わせる飲み物や食べ物によって、感じ方が変わります」


私は三つの小箱を示しながら続ける。


「例えば高純度のものは赤ワインと、甘いものは紅茶やミルクと、ミルクチョコレートは果物やナッツと組み合わせると、それぞれ違った魅力が引き出されます」


「……なんだか、もっと試してみたくなりますわ」

ヴィオレッタ様の頬がわずかに上気する。


「私もです!」


フレイヤ様が身を乗り出す。


「次は果物と合わせてみたいです。あの……ポワルや、干したレザブとか」


「おや、いいところに目を付けましたね」

ミランダお姉様が微笑み、背後に控えていたリズへ視線を向ける。


「リズ、厨房に頼んで、果物とナッツを少し用意してもらえる?」


「承知いたしました」

リズが軽やかに部屋を後にする。


その間も、ふたりは「あの果物はどうかしら」「温かい飲み物と冷たい飲み物ではどう違うのかしら」と楽しげに想像を膨らませていた。

紅茶の香りと甘やかな余韻が、部屋いっぱいに満ちていった──。




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