267.初めての甘味と、忘れたくないひととき
ネージュの言葉に、くすくすと笑いが広がった。
ヴィオレッタ様は口元に指先を添えて「ふふ……」と控えめに笑い、フレイヤ様は肩を小さく揺らしている。
「ほら、ゆっくりと──ちゃんと噛んでくださいね」
ミランダお姉様が手を差し伸べると、ネージュは「うん……」と素直に頷いた。
やがて、食事をきれいに平らげた頃──
厨房の方から、甘く香ばしい香りがふわりと漂ってくる。
「お待たせいたしました。本日の甘味でございます」
リズが静かに運んできたのは──焼きたてのワッフルにバニラアイスを添えた一皿。
表面はこんがりと黄金色に焼き上がり、バターの芳しい香りが立ちのぼる。
その上に、真っ白なバニラアイスがひんやりと寄り添い、艶やかなチョコレートソースと鮮やかなミックスベリーソースが美しくかけられていた。
さらに、ふわりと盛られたホイップクリームの上には、小さなミントの葉がちょこんと彩りを添えている。
「わぁ……!」
ネージュの瞳が、またもや宝石のように輝いた。
「まぁ……っ」
「とても、いい香りがしますね」
ヴィオレッタ様とフレイヤ様も、弾むような声を上げる。
──うんうん、やっぱり女の子はデザートに目がないよね。
心の中で頷きながら、私は皆に告げた。
「さあ、お召し上がりください。焼きたてですから、バニラアイスが溶けないうちにどうぞ」
ネージュは待ってましたと言わんばかりにフォークを手に取り、
まずはアイスとワッフルを一緒にすくって口へ運ぶ。
「……ん~~っ!」
甘さと香ばしさが舌の上で溶け合い、体を小さく揺らした。
尻尾は出していないはずなのに、パタパタと揺れている姿が見えるようだ。
頬っぺたを両手で押さえる仕草が、あまりにも幸せそうで、私は思わず笑みをこぼした。
「熱いのと冷たいのが、同時にくる……! すっごく美味しい!」
ネージュは嬉しそうに頬を膨らませ、次のひと口へ。
「この温度の対比、面白いですわね」
ヴィオレッタ様は、ナイフでワッフルを丁寧に切り分けながら、まずはワッフルだけを口に運んだ。
「……外は香ばしく、中はふんわり柔らかいのですわね。これは初めていただきますが……とても温かくて優しい食感です」
続けてバニラアイスを一口。
「まあ……! こんなに冷たいものは初めてかもしれませんわ。舌の上でふわっと溶けて……先ほどの温かい生地と重ねると、まるで小さな魔法を口にしたようです」
今度はチョコレートソースを絡めて。
「この黒いソースは……甘くて、少しほろ苦い……? なんて深い香りなのでしょう」
私は微笑んで答える。
「それはチョコレートです。カカオという木の実から作られる甘味なんですよ」
「まあ……! 木の実から……? これは大変に面白いお味ですわね」
ヴィオレッタ様は感心したように頷いた。
一方のフレイヤ様も、順番に味わいながら感想を漏らす。
「……この温かさと冷たさが交互にくる感覚、本当に不思議です。冷たいアイスが口の中で溶けたあとに、温かい生地がふわりと香って……」
チョコレートソースを口に含み、少し目を見開いた。
「この黒いソース……香りが甘いのに、味はただ甘いだけじゃない。奥の方に、ほろ苦さがあるんですね」
「その苦みが、甘さを引き立ててくれるのです」
私は補足しながら、二人が初めての甘味に目を輝かせる様子を、微笑ましく見つめた。
そんな中、ミランダお姉様がふと苦笑を浮かべる。
「ネージュ様、口の横にソースが付いておりますよ?」
「──えっ?」
リズがハンカチを手に取り、口元をそっと拭ってやる。
その間もネージュの瞳は、まるで「そんなことより早く続きを食べたい!」と言っているかのように、ワッフルから離れなかった。
私はゆっくりと、リズが淹れてくれた紅茶に口をつける。
濃いめに抽出したロイヤルミルクティーが、ワッフルの甘みを優しく包み込み──
思わず目を閉じ、口の中で広がる極上のマリアージュを存分に味わった。
ネージュが最後のひと口を名残惜しそうに飲み込み、フォークをそっと皿に置いた。
その頬はほんのりと上気し、満足そうな笑みが浮かんでいる。
「……ふぅ。おいしかったぁ……っ!」
その言葉にみんなが頷く。場がまた柔らかくほころんだ。
リズが静かにティーポットを傾け、琥珀色のロイヤルミルクティーをカップへと注いでいく。
ほのかに甘い香りが湯気とともに立ちのぼり、食後の余韻をより豊かにしてくれた。
「こうして皆様でお茶をいただくのは、なんだか特別な時間ですわね」
ヴィオレッタ様がカップを両手で包み、目を細める。
「ええ……食後の一杯は、気持ちまでほぐしてくれます」
フレイヤ様も、口元を緩めながらゆっくりと紅茶を口に運んだ。
「ねぇティアナ、これ……なんか心まであったまるような味がする」
ネージュはカップを両手で抱え、嬉しそうに見上げてきた。
「そうでしょ? 紅茶って、不思議とそういう力があるわよね」
私は微笑みながら答える。
するとミランダお姉様が、ふと真面目な声音になった。
「食事やお茶を囲んで笑い合える時間って……案外、贅沢なのかもしれないわね」
「そうですね」
ヴィオレッタ様が、静かに同意する。
「だからこそ、こうして過ごすひとときを、大切にしたくなります」
紅茶の香りと会話が重なり、ゆったりとした時間が流れていく。
私はカップを口に運びながら、胸の奥にじんわりと広がる温もりを感じていた。
──きっと、このひとときは、胸の奥で静かに輝き続ける。
そんな思いを抱きながら、そっと紅茶を口に運んだ。




