260.まだ見ぬ、似てる人
驚く私を見て、ミランダお姉様はふっと笑みを浮かべた。
「似てるって、見た目のことじゃないのよ」
ああ、なるほど。
……って、見た目じゃないなら、どこが似ているというの?
アルベルト殿下について、私が知っていることは、まだほんのわずかしかない。
その限られた情報の中で、自分と共通点があるとは、正直、思えなかった。
私が首を傾げていると、会話を聞いていたフレイヤ様が、ぱんっと手を打って明るく声を上げた。
「なんとなく、わかる気がします! アルベルト様がシルヴィア様をとても大切にされていたように……ジルティアーナ様も、ミランダ様のことを深く想っていらっしゃいますよね」
その真っすぐな言葉に、ミランダお姉様は一瞬だけ目を見開いた。
その様子に背を押されるように、私は胸を張り、大きく頷く。
「はい! 私、お姉様のことが大好きです。お姉様を傷つける人は、誰であろうと絶対に許しません!」
「な、なにを……! ヴィオレッタ様たちの前で、そんな恥ずかしいこと言わないで!」
顔を真っ赤にしながら身を縮めるお姉様を、ヴィオレッタ様とフレイヤ様はあたたかい眼差しで見つめていた。
「本当に……フレイヤの言うとおりね。アルベルト様もジルティアーナ様も、ご自分のこと以上に、姉君や妹君が傷つけられることに強く心を痛める方たちだわ」
やわらかく微笑みながらそう言うヴィオレッタ様の声に、ミランダお姉様は気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「それは、まあ……否定はしませんけど。私が“似てる”って言ったのは、そういうことじゃなくて」
ヴィオレッタ様は頬に手を添え、少し考えるような素振りを見せたあと、「あっ」と声を上げる。
「だったら……実年齢よりも、ずっと年上に見えるところかしら?」
思いがけない言葉に、私は驚いてヴィオレッタ様を見つめた。
彼女はにこりと笑って、言葉を続ける。
「ふたりとも、責任ある立場にいらっしゃるせいかしら。とても落ち着いていて、しっかりしているから、話していると年下だってことをつい忘れてしまうの」
「わかります、それ……!」
すぐにフレイヤ様が頷いた。
「アルベルト様とは同い年なんですけど、話していると、一回りくらい上の方と接しているような気分になるんです。落ち着きとか、威厳とか……そういう雰囲気があって」
「ジルティアーナ様もそうよね」
ヴィオレッタ様が、やさしく私を見ながら言った。
「年齢だけで見れば、私たちよりずっと若いはずなのに、冷静で、場を俯瞰できる余裕がある。そんなところが、きっと“似ている”のね」
「それは……」
言い淀みながら、私は心の中で静かに息を吐いた。
私がそう思われるのは、たぶん、精神年齢が高いからだ。
元いた世界での私は二十九歳だった。
ジルティアーナとして生き始めたころは、十五歳という若い肉体に引っ張られ、感情が昂りやすくなり、思春期特有の情緒に振り回されて涙を流すことも多かった。正直、戸惑ってばかりだった。
でも、あれからもうすぐ五年が経つ。
ジルティアーナの体も十九歳を迎え、まもなく二十歳になる。
それが肉体の成長によるものなのか、異世界の生活に慣れたからなのかはわからない。
けれど、自分でも以前よりずっと落ち着いたと感じている。
……とはいえ、「精神年齢は三十オーバーですから!」などと明かせるはずもなく、私は黙って苦笑を浮かべるしかなかった。
それにしても――
精神年齢三十超えの“おばさん”な私と似ていると言われるアルベルト殿下とは、いったいどんな方なのだろう。
ますます興味が湧いてきた。
そんなとき――
ぐぅぅぅ~~。
部屋に、遠慮のない音が響き渡った。
そちらを振り向くと、「す、すみません……」と照れ笑いを浮かべるフレイヤ様がいた。
その可愛らしい姿に思わず笑みがこぼれ、私は時計に目を落とす。
「もう、お昼を過ぎてしまいましたね。ちょうど“おにぎり屋”もピークを過ぎたころでしょう。急ぎましょうか」
「はいっ! 今ならおにぎり、四つはいけるかもしれません!」
勢いよく立ち上がるフレイヤ様に、ヴィオレッタ様が苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「まったく……あなたは変わらないわね」
「それがフレイヤ様の良さでしょう?」と、ミランダお姉様が微笑んだあと、ふと真剣な声で言った。
「では、これからはおふたりの身分は“平民の富豪の娘”ということでお願いしますね。
それと、ジルティアーナのことは“ティアナ”と呼んでください。街の人々は、彼女を“ジルティアーナの側近であり、下級貴族のティアナ”と思っていますので」
「はいっ、承知しました!」
フレイヤ様が元気よく答えたあと、ヴィオレッタ様がふと考えるような表情を見せた。
「……それなら、私の“ヴィオレッタ”も少々目立ちすぎるかしら」
少しの沈黙のあと、ぱっと顔を明るくして言う。
「皆さん、これからは私のことを“ヴィオラ”と呼んでください」
えええ、それは……なんだか慣れなさそう――そう言いかけた私を制するように、ヴィオラ様は微笑んだ。
「よろしくお願いいたしますね?」
そう言って、にっこりと――まるでそれ以外の選択肢はないとでも言いたげな、完璧な笑顔を浮かべたのだった。




