25.宿での夕食
「ギトギト、じゃない······!?」
目の前に置かれた食事を見て思わず呟いた。
私たちは宿に帰ってきて、そのまま1階の食堂で夕食をとることにした。
ちなみにこの宿。予定外に馬車ではなくこの街に来れたので、せっかくなのでお忍びで。貴族じゃない普通の生活を体験したい!
と貴族生活に息が詰まる思いだった私が訴えが叶い、宿の客層は貴族ではなく、平民向けの宿屋だ。とは言っても中の上くらいのレベルなので、平民の中では比較的裕福な人と、金銭的に厳しい下級貴族なんかがお忍びで泊まるような宿だった。
そして、今日の夕食は······いつもと同じ様な硬いパンに、塩お湯スープ。ではあったがスープからは湯気が出ていて温かそうだし。いつも冷めてたスープが温かい。それだけで美味しく思えた。
平民向けの宿のおかげか、聞いてたとおり野菜中心だ。
レタスかな?と思われる葉物のサラダとラタトゥイユっぽい野菜を炒めた物。
と、卵だ! 卵もこの世界だと高級品のようだが、卵とい数種類の野菜と一緒に焼いたスパニッシュオムレツみたいなものがあったのだ。······おいしそう!
「いただきます!」
うん、おいしい。ちゃんとおいしい! 油も適量なのだろう、ギトギトしてない!!······うん、判断基準がおかしくなってる。
スパニッシュオムレツは、じゃがいも・玉ねぎ・ピーマンかな? という感じ3種類くらいの野菜を細かく切って入れて作られたシンプルなもの。それにケチャップのようなトマトソースがかかっていた。
ふわっとしてて、元々薄味がついてるようなのでソースを付けなくても美味しいが、トマトソースをつけるとそれがアクセントになって、更に美味しい!
サラダはシンプルだが、オリーブオイルに塩コショウ? と思われるドレッシングが適量にかかってる。程よい酸味もあるからレモンもかかってるかな? あっさりしてて美味しい。
ラタトゥイユも、トマト、ナス、ズッキーニ、パプリカ、玉ねぎ・・・なのかは分からないが、そんな感じの様々な野菜が入っていて、野菜の甘みと色んな食感が楽しい。
パンとスープはいつもと同じ様な物でちょっと残念だったけど、パンもいつもよりは柔らかかったのでラタトゥイユを乗せて食べても美味しかった。
そして、何より······
「リズ!パンとラタトゥイユ一緒に食べると美味しいよ」
「本当ですね。あ、この卵料理も美味しいです!」
前に座っているエリザベスさんことリズと笑い、会話をしながらご飯を楽しむ。改めて誰かと一緒に食べるのは楽しい。ご飯が美味しくなる。と思った。
リズ、という呼び方。
先程、私の事をティアナと呼ぶ事になった時のことを思い出した───······
「エリザベスさんの事も、違う短い名前で呼んだ方がいいのかな? エリー? ベス??」
「では······リズと呼んでください」
「え、でも······それって······」
ジルティアーナの記憶で、エリザベスさんとシャーロットが初めて会った時······
『よろしくね、エリザベス! 私も早く貴女と仲良くなりたいから、リズって呼んでいいかしら? 』
と、シャーロット言われた時にも笑顔で
『いえ、エリザベスとお呼びください』
と応えた記憶が残っていた。だったのに······
リズ、というエリザベスさんの愛称は······ジルティアーナだけの呼び方だった。
「私が、リズって呼んでもいいの? それは、ジルディアーナだけが······」
「大丈夫です。ティアナさんには、リズって呼んで欲しいんです」
そう言ってくれたので、その言葉に従う事にしたのだった。
「美味しかったー! そろそろデザートお願いしようか?」
「そうですね」
お願いし、少しして店員さんが持ってきてくれたのは、先程購入した果物だ。宿の人に相談したら食後にカットして出してくれるというので、渡しておいたものだ。1口サイズに食べやすく切られたフルーツたち。
ぱく! ······もぐもぐ、ごくん。
おいしーーーい!!
【解析】で視たとおり、味はリンゴと桃に似ていた。
ナポルはシャキシャキして甘いが酸味もあって美味しいし、ペシェルはとても甘いが嫌な甘さではなくとても美味しい。
やっぱり砂糖漬けとか、ヘタに変な味付けはしない方がいいよ!
······いやちゃんと美味しく料理すれば、砂糖漬けも美味しいはずなんだけどね。この世界にきてから、砂糖まみれの物ばかりで、まともなフルーツを食べた事がなかったのだ。
それは、リズも同じなのか目の前で一緒に食べてた彼女も口に手を当て固まっている。
「············。」
「リズ、どうかした??」
「果物って、こんなに美味しいんですね······っ! いつも、屋敷などで食べてたのは何だったのか······」
あ。再起動した。それね。お貴族様が丸かじり出来ないのは分かるが、ただ切るだけの方が絶対美味しいのに、手間と時間と材料をかけて食材の味を殺すとか、ほんと意味わからんよね。
「お姉ちゃん!!」
突然元気な声が聞こえた。そちらをみると先程の元気な少女がニコニコで立っていた。
「マイカちゃん!? マイカちゃんもここに泊まってるの?」
「違うよ。マイカはお手伝いしてるの」
そんな会話をしていると
「マイカ! 何をしてるの? すみません、この子がお邪魔してしまったようで······っ」
エプロンを着けた女性が駆け足でこちらにやってきた。それは、さっきカットした果物を持ってきてくれた店員さんだった。
「もしかして、マイカさんはこの宿のお嬢さんだったんですか?」
「うん!パパとママとおじさんがやってるの。マイカもお手伝いしてるんだよ」
「こら、お客様には丁寧な言葉を使わないとダメでしょう! お客様、お食事中おじゃまして申し訳ございません」
申し訳なさそうにする、マイカちゃんのお母さん。急いで否定する。
「いえいえ、とんでもない。楽しくおしゃべりして貰ったので、話し方も気にしないでください」
あ、そうだ。と思い出しマイカちゃんのお母さんに言う。
「今日、お母様のお誕生日なんですよね? おめでとうございます」
「え?はい、ありがとうございます。でも、どうして······」
「マイカちゃんとは先程、偶然街で出会ったんです。その時にマイカちゃんが、今日はお母さんの誕生日なの! って言ってたので······」
「そうだったんですか。······あっ!」
にこやかに話していたのに、マイカちゃんのお母さんは私たちのテーブルを見てハッとすると、マイカちゃんに言う。
「マイカ、あなたがさっきくれたキーウ。お金足りなかった分は『おばさんがオマケしてくれた 』って言ってたけど、もしかして······」
あ、この感じ。たぶんお母さんは果物屋さんが値上げした事も、オマケしない事も知ってるのかもしれない。
私、余計な事言っちゃったのかも。でも、せっかくお母さんを喜ばせたかったマイカちゃんを叱らないで欲しい。そう思い、振り向いたマイカちゃんの後ろに居た私は必死に首を振る。
それに気づいたお母さんは、ため息を吐くと私に言った。
「娘がお世話になったみたいで······」
「いえいえ、何もしてませんよ?」
「······そうですか。マイカ、マイカがさっきお母さんの為にくれたキーウ、後でみんなで食べようね」
「うん!」
私の意図を読み取ってくれたようで、お母さんはマイカちゃんに優しくそういうと頭を撫でた。マイカちゃんは嬉しそうに笑った。
その後、「マイカ、お父さんのお手伝いをしてきて」と自然にマイカちゃんを立ち去らせるとマイカちゃんのお母さんが言った。
「色々とありがとうございました。何かお礼が出来ればいいのですが」
「いえいえ!お礼なんて······あ。」
いい事、思いついた。出来ればお願いしたい事があった。断られちゃうかなぁ? と思いながらダメ元で聞いてみる。
「あのー······無理しなくていいのですが、もし可能なら明日、キッチンを貸して貰えませんか?」
「厨房を、ですか? 朝食の後、夕食の準備をする前までなら大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございます!」




