258.婚約のその先に
「ミランダお姉様は──アルベルト殿下のことが好きなんですね」
「はぁっ!?」
思わず口に出た私の感想に、お姉様はばっと立ち上がり、反射的に大声を上げた。
「な、なに言ってるのよ! アルベルト様のことなんて……っ」
「あ、別に“恋愛感情”って意味じゃないですよ?
もしそうだったら、お姉様の性格からして、アルベルト殿下を思いながら他の男性と結婚するなんて、絶対にありえないと思いますし」
私は肩をすくめながら言った。
「ただ、友人として──人として、好意を持ってるんですね。って意味です」
その一言に、お姉様の動きがぴたりと止まった。
すとんっと椅子に座り直し、「……まあ、友人としてなら」とぽつりとつぶやいて、照れくさそうに視線をそらす。
その様子を目を丸くして見ていたフレイヤ様が、ぷっと吹き出した。
それをじろりとにらんだお姉様に、フレイヤ様は涼しい顔で笑う。
「あら、ごめんなさい。ミランダ様の反応があんまり可愛らしくて、つい……」
そしてそのまま、ふっと表情をやわらげて、教えてくれた。
「アルベルト様が卒業パーティーでの件を謝罪してくださったのがきっかけで──
私とミランダ様は、その後、アルベルト様と交流を持つようになったんです。
最初はどこかぎこちなくて……お互いにどう接すればいいのか、戸惑っていましたけれど」
懐かしむように目を細めながら、フレイヤ様は続ける。
「けれど、アルベルト様は少しずつ、私たちに心を開いてくださいました。
控えめで、穏やかで……でも、信頼に足る方でした。
彼の言葉には、いつも誠実さがあって──優しさの中に、確かな強さがあったんです」
「まったくね……あの人、たまにこっちが恥ずかしくなるくらい、まっすぐなんだから」
ミランダお姉様が苦笑まじりに言い、少しおどけて肩をすくめる。
「でも、“控えめ”っていうのはどうかしら?
最初は猫をかぶってただけな気がするけど」
それに同意するように、ヴィオレッタ様も小さく笑い、静かに言葉を添えた。
「アルベルト様とは……私はずっと、アタマカール様の婚約者として、表面上の付き合いしかしてこなかったの。
だから、フレイヤたちから“アルベルト様とお友達になった”と聞いて、とても驚いたわ」
……まあ、それは驚くよね。
そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、当のフレイヤ様とミランダお姉様も、顔を見合わせてから静かにうなずいていた。
「フレイヤは下級貴族だし、私は……上級貴族とはいえ、自分の婚姻じゃなくて、親の再婚で家格が上がっただけ。
噂話のネタにされるような存在だったのに……まさか王族と関わることになるなんてね」
……由緒あるヴィリアーズ家に、ジルティアーナの実母が亡くなるのを待っていたかのように入り込んできた、お姉様の実母──イザベル。
私の記憶にも、アカデミーでイザベルの連れ子だったシャーロットが、他の令嬢たちから嫌味を言われていた場面が残っている。
再婚からしばらく経ってもああだったのだから、
その再婚が在学中だったミランダお姉様の気苦労は、想像するだけで胸が痛む。
「私に嫌がらせをしてきた令嬢もいたわ。
ま、返り討ちにしてやったけどねっ!」
……うん、さすがはミランダお姉様。黙ってやられるような人じゃない。
たぶん、倍返し……いや、それ以上にやり返してる。
私は心の中で、やり返された令嬢たちにそっと手を合わせた。
「私とミランダ様がアルベルト様と親しくなってしばらくすると、今度は“ヴィオレッタ様にも直接、私から謝罪をしたいので引き合わせてくれないか?”と仰られて……」
フレイヤ様の言葉に、ヴィオレッタ様は目を細め、「ええ、そうでしたね」と懐かしそうに微笑んだ。
「それまでは、アルベルト様とは挨拶を交わす程度の関係でした」
「アタマカール殿下とアルベルト様の関係は、悪くはなかったんですよね?」
フレイヤ様の問いに、ヴィオレッタ様は頬に手を当て、少し困ったような顔をした。
「アタマカール殿下は……良くも悪くも楽天的な方でしたから。
王妃様の顔色を伺うこともなく、アルベルト様のことを“一番、歳が近い弟”として可愛がっておられました。
……私はというと、婚約中は王妃様の反応が恐ろしくて、アルベルト様とは関わることを避けていましたけれど」
……なんか、話を聞けば聞くほど、“ヴィオレッタ様がそのまま結婚されなくて良かった”って思っちゃう。
嫁(候補)はお母様に気を使ってるのに、“楽天的”って言えば聞こえはいいけど……
たぶん、ただの能天気。
いや、空気を読む気すらないだけかも?
アタマカール殿下……“名は体を表す”って言葉、まさか王族に当てはまるとは思ってなかったけど。
もし婚約が破棄されてなかったら──
そんな王子様と、姑である王妃様の間に挟まれて、苦労する未来しか見えない。




