表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
観光の街、クリスディア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

258/349

257.守るべきもの、差し出したもの


フレイヤ様とミランダお姉様の話によると──


アルベルト殿下は深く頭を下げたまま、静かに口を開いた。


「……あの日の出来事について、心からお詫び申し上げます。

本来であれば、もっと早く謝るべきでしたが……なかなか二人きりでお話しする機会がなくて。こんなに遅くなってしまいました」


その声は落ち着いていて、けれど確かな意志を感じさせた。

まるで、長いあいだ胸の奥にしまっていた思いを、ようやく言葉にできたかのように。


フレイヤ様は驚きと戸惑いの入り混じった表情で、慌てて手を振った。


「や、やめてください、殿下! 頭を下げるなんて……そんな、悪いのはアタマカール殿下であって、殿下では──」


けれどアルベルト殿下はゆっくりと顔を上げ、そのまままっすぐにフレイヤ様を見つめた。


「……それでも、私は“王族”です」


その黄金の瞳には、ただの謝罪ではない、責任を受け止める者の強い覚悟が宿っていた。


「王族として、ヴィオレッタ様と君を守るべきでした。

そして、異母弟として──兄の暴走を止める立場にあったのは、私なのです。

それができなかったことを、心から申し訳なく思っています」


フレイヤ様は、言葉もなく、ただ静かにその想いを受け止めていた。


アルベルト殿下の声には、言い訳も、責任のなすりつけもなかった。

あったのはただ、自らの立場と過去に真正面から向き合う、真摯な姿勢だけだった。


思わず顔を見合わせるフレイヤ様とお姉様。


ふと視線を落とすと、そこには──

「王族には不釣り合い」と揶揄された、ふさふさとした立派な尻尾があった。



今、私の目の前で話しているミランダお姉様が、ふっと微笑んだ。


「皮肉な話よね。

“王族らしくない”なんて言われたその尻尾を持つアルベルト様こそが、誰よりも“王族”としての責務を果たそうとしていたんだから」


……なにそれ。アルベルト殿下、すごくいい人じゃない。

そうなると、シルヴィア王女も──?


そんなことを思っていると、フレイヤ様がそっと口を開いた。


「私はかつて、アタマカール様の婚約者でしたから──

今の王子や王女とは、全員お会いしたことがあります」


そう言って、ヴィオレッタ様はゆっくりと視線を部屋の隅へと向けた。

そこには、静かに立っているレーヴェの姿。


けれどその眼差しは、レーヴェ個人を見ているのではなかった。

彼を通して、別の誰かの面影を追っているかのようだった。


しばらくのあいだ、レーヴェの耳と尻尾をじっと見つめていたヴィオレッタ様は、やがてそっと目を伏せた。


「……本当に、惜しいことです。

アルベルト様も、シルヴィア様も、とても優秀な方です。

けれど周囲は、その実力を認めようとせず──そして、お二人も、それを受け入れてしまっているのです」


その静かな一言に、誰もが口をつぐんだ。


やがて、ミランダお姉様がぽつりとつぶやいた。


「……受け入れるしかなかったのよね。どれだけ優秀でも、“王族らしくない”って決めつけられて。

最高権力者のはずの父上も、王妃様の顔色ばかりうかがっていて、まるで頼りにならなかった」


淡々とした言葉の奥に、深い諦めが滲んでいた。


「アルベルト様も、守るべきものがなければ……もう少し違ったのかもしれないわ。

でも、あの方は自分の優秀さを、ずっと、必死に隠していた」


「……そうですね。

もし本当のアルベルト様の才覚が明るみに出ていれば、王妃様が黙っていなかったでしょう。

その怒りが向かう先は、きっと……シルヴィア様や、お二人の母君です」


フレイヤ様の声音には、悔しさと、どこか諦観に似た哀しみがあった。


「人は、見た目や出自にとらわれがちです。

そして、“見たいもの”しか見ようとしない。

たとえその陰で、本当に“王族らしい”在り方をしている者がいたとしても──」


ミランダお姉様の言葉に、ヴィオレッタ様は静かにうなずいた。


「私も……もっと早く気づいていれば、何か変えられたのかもしれません」


その声は、後悔のにじむような響きを帯びていた。


「アルベルト様も、シルヴィア様も、優しすぎる方でした。

傷つくことを恐れていたのではなく──

周囲を傷つけてしまうことを、何よりも恐れておられた。

だからこそ、ご自分の力や誇りさえも……手放してしまったのです」


私は思わず、息をのんだ。


それは“逃げた”のではない。

“譲った”のでもない。

彼女は、守るために“差し出した”のだ──自らの立場も、未来さえも。


フレイヤ様は、そっと続けた。


「アルベルト様も同じです。

王族である前に、一人の人間として……誰よりも誠実でした。

けれど、“王族らしくない”という言葉ひとつで、そのすべてを否定されてしまった」


そのとき、ミランダお姉様が、少し語気を強めた。


「あの人は……自分の優秀さをひた隠しにして、皇太子様の手柄を立てるために、あらゆる功績を譲ってきた。

──もうっ、なにも全部渡すことなんてなかったのに!」


拳を握りしめるその姿に、私は言葉を失った。


怒りというよりも、無念さ。

それは、誰かを責めたいのではなく──ずっと近くで見てきた人の、報われない優しさを想ってのことなのだと、すぐにわかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ