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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
観光の街、クリスディア

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246.失われかけた信頼と、継がれる誠意


「……それは──グレスフォード家です」


その名を聞いた瞬間、私は「どこかで聞いたことがあるような……」と記憶をたどった。


でも、私がそれを思い出すより先に──反応したのは、アイリスさんだった。


「グレスフォード家って……フェラール商会の顧客の中でも、最重要とも言える上級貴族じゃないですか!?」


声を上ずらせながら驚きを隠せない彼女に、シエルさんが静かに、だがその声に確かな重みを込めて言葉を継いだ。


「ミランダ様が商会を離れたとき……私は、専属契約を打ち切られるのではと覚悟していました。でも──それでも、グレスフォード家は変わらずフェラール商会を使い続けてくださった。


なのに……どうして今、このタイミングで? 何があったんですか?」


その問いに、ギルベルトさんはわずかに表情を曇らせ、苦渋の面持ちでうなずいた。そして、静かに語り出す。


「……おっしゃる通りです。グレスフォード家が今もフェラール商会を支えてくださっているのは、ミランダ様が遺してくださった信頼のおかげです。そして、その信頼を繋いできたのは、ヴィオレッタ様への丁寧な配慮があったからこそです」


言いながら、彼はそっとミランダお姉様に視線を向ける。


お姉様は静かにうなずき、口元にわずかな緊張を走らせながら、穏やかに口を開いた。


「ええ。グレスフォード家を失えば、フェラール商会の屋台骨は崩れる。それは誰の目にも明らかだったから……私は商会を離れる際に、“どうか変わらず商会をご利用いただきたい”と、ヴィオレッタ様にお願いをしたのよ」


その声には、過去に託した願いへの責任感と、今の事態への無念さが滲んでいた。


ギルベルトさんもまた、低く沈んだ声で続けた。


「ミランダ様が去られたあと、グレスフォード家への応対は私とシエルさんに限定し、シエルさんが抜けてからは、私一人が責任を担ってきました。誰にも任せず、どんなときも細心の注意を払って──」


一度深く息を吐き、彼はさらに言葉を重ねた。


「……通常、我々から訪問してご挨拶するのが通例です。ですが──先日、ヴィオレッタ様が“近くまで来たから”と、ふらりと店舗にお立ち寄りになったのです」


その場にいた誰もが、息を呑んだ。


「その時、私は別室で取引先と面会中で……すぐには対応できませんでした。しばらくお待ちいただいたそうですが、ヴィオレッタ様は一言の不満も仰らず、静かに特別室で私を待っていてくださいました。本当に、いつもと変わらず、穏やかに……」


彼は一瞬、口をつぐみ、視線を伏せた。


「──問題は、そのあとです。私の不在を見計らったかのように、“商会長の妻である私が対応します”と、ロゼットが勝手に部屋に入ったのです」


「……はぁ……」


思わず漏れたシエルさんのため息が、重く空気を満たす。誰もが、ことの重大さを察していた。


「その場に立ち入れる状況を放置していた私にも責任があります。けれど──何より、グレスフォード家に対して、あってはならない無礼を働いてしまった……」


ミランダお姉様が眉をひそめ、静かに尋ねた。


「──それで、ヴィオレッタ様は?」


ギルベルトさんは、ほんの一瞬だけ目を閉じ、苦しげに唇を噛んでから答えた。


「……怒って、お帰りになりました」


その短い答えが、重く沈んだ空気を一層凍りつかせる。


あの温厚なヴィオレッタ様が、怒って帰られた――その事実の重さを、誰もが理解していた。


「何か、お言葉は……?」


「はい。お帰りの際、こう仰いました」


ギルベルトさんは顔を上げ、張り詰めた表情のまま、静かにその言葉を繰り返す。


「“──あのような方がフェラール商会の責任者だとおっしゃるなら、私たちも改めて考えなければなりませんね”」


その一言は、あまりに重く、決定的だった。


シエルさんは唇を噛み、ミランダお姉様はこめかみに手を当てて目を閉じる。


「……まだ契約は切られていません。けれど、このままでは時間の問題です」


ギルベルトさんは深く頭を下げ、真っ直ぐに私とミランダお姉様を見据えた。


「ミランダ様、ジルティアーナ様……どうかお願いです。グレスフォード家の信頼を、完全に失ってしまう前に──リュミエール商会でお引き受けいただけませんか」


その声は懇願と、わずかな誇りと、自責の念に満ちていた。


しばし沈黙ののち、ミランダお姉様がゆっくりと目を開け、私に視線を向ける。


「ティアナ。お願いできるかしら?」


私は小さくうなずき、真剣な面持ちで答えた。


「……はい。私たちリュミエールが、責任を持ってお迎えします。ヴィオレッタ様の信頼に、必ず応えてみせます」


そのひと言に、ギルベルトさんは深く、心からの礼を示すように頭を下げた。


「……ありがとうございます。そのひと言が、どれほど救いになるか……」


そう口にした彼の目には、安堵の光が浮かんでいた。


けれどその奥には、長年守ってきた商会の信頼を自らの手で保ち続けることが叶わなかった男の、悔しさがあった。




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