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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
観光の街、クリスディア

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238.ロゼットが手に入れたもの


「そ、そんな……なぜトインビー商会で“マニキュア”が扱えなくなるのですかっ!?」


悲鳴のような声が、応接室に響き渡った。


声の主は、トインビー商会長──ドナルド・トインビー氏。


前回の話し合いから数ヶ月。先日、ミランダお姉様の離縁が正式に受理された。


そして今日は、ローランド以外の関係者──すなわちトインビー親子に対し、慰謝料および取引制限などの正式な通達を行う場である。

ちなみにローランドへは、前回で済んでるしミランダお姉様が「顔も見たくない」というので、参加を認めなかった。


ローランドの代わりに来てくれたギルベルトさんが、冷静に告げる。


「兄がどのような経緯でトインビー商会にマニキュアの取り扱いを許可したかは存じませんが……マニキュアの発案者はジルティアーナ様、開発者はミランダ様です」


私は微笑を浮かべながら、その言葉に補足を加えた。


「マニキュアの販売権利は、私たち姉妹が保有しています」


しかし、トインビー氏は納得がいかない様子で、語気を強めた。


「ですが、フェラール商会は引き続き販売を続けるのでしょう!? なぜ我が商会だけが……っ!」


「もちろん、ローランドを“許した”わけではありません」


ピシャリと、ミランダお姉様が遮る。


彼女のアメジスト色の瞳が、動揺するトインビー氏を真っ直ぐに見据えていた。


「ただ、フェラール商会は、かつて私が心血を注いで築いた場所です。今も誠実に働く従業員たちのために、多少の配慮をしたまでのこと」


そう言って少し息をついたお姉様は、ふと微笑みながら付け加える。


「そうそう、ご安心ください。“爪紅”の製造権は今もローランドが保持していますので、そちらをお使いになるぶんには、何ら問題ありません」


「爪紅など……マニキュアの登場で、既に時代遅れではないですか!」


苛立ちを隠さないトインビー氏に、ミランダお姉様とアイリスさんの視線が、鋭く突き刺さる。


空気が凍りつく中、私は静かに言葉を継いだ。


「……“爪紅”の発案者も、ミランダお姉様です」


その一言で、トインビー氏の顔から血の気が引いていった。


「……あっ、いえいえっ! 爪紅も……とっても素晴らしい商品ですとも! は、はははは……!」


場違いな笑い声が、冷えた空気の中に虚しく響いた。


 


──私が『錬金術師になろう』システムで持ち込んだマニキュア。


自分たちで使うぶんには簡単に作れるが、商品として量産するには、様々な知識と工程が必要だった。


その要となったのが、ミランダお姉様とアイリスさんである。


彼女たちは、私の“チート”のようなシステムなど持たぬ中、長年にわたり“爪紅”を一から開発してきた。その経験と蓄積があったからこそ、マニキュアの量産化は驚くほど早く進んだのだ。


爪紅が広まるまでは、女性たちは爪を整え、磨くだけが常識だった。


そこに“爪を彩る”という新しい概念を持ち込み、多くの女性たちの心を掴んだのが、ミランダお姉様だった。


しかし今、より華やかで洗練されたマニキュアが登場し、時代の主役が変わりつつある。


──だが、それを販売できるのは、まだ“フェラール商会”だけのはずだった。


他の商会には、正式な許可を出していない。


 


私はカップから視線を上げ、トインビー商会長を見据えた。


それにも関わらず──そのマニキュアが、トインビー商会の棚に堂々と並んでいたのだ。


もちろん、原因はローランドである。


ロゼットの実家であるトインビー商会に“いい顔”をしたいがために、本来フェラール商会専売であるはずのマニキュアを、独断で流していたのだ。


「ま、待ってください……! マニキュアの販売は、ローランド様から“特別に許可された”と……私は、何も知らなかったのです!」


トインビー氏は椅子から立ち上がり、額に汗をにじませて懇願するように訴えた。


「ロゼットが……娘が“新しい商品を広めたい”と言いまして……私はただ、それに応じたまでで──」


「“ただ”で済ませられる問題ではありません」


アイリスさんの声は冷たかった。


「許可されていない商品の流通。しかも開発元が明確で、商標登録済みのマニキュアを無断で販売──これは立派な契約違反です」


「し、しかし! 販売数はまだごく僅かで──」


「“ロゼ・カラー”」


私が言葉を挟む。


「ただ流しただけではありませんね? ラベルを貼り替え、“ロゼ・カラー”として販売していた。それは明らかに、他人の功績を自分たちの手柄にしようとする行為です」


「……っ」


トインビー氏は口を閉ざし、隣で俯いたままのロゼットが小さく肩を震わせる。


そう──ロゼット嬢は、夫だけでなく、マニキュアまでもをお姉様から“盗んだ”のだ。


しかも、それをあたかも自らの成果であるかのように装い、堂々と売っていた。


その事実に、私もミランダお姉様も、激しい怒りを抱いていた。


 


「ど、どうか……もう一度、チャンスを……! 我が商会はローランド様との婚姻を前提に、多額の投資を行っており……このままでは、立て直しが──!」


「それは、あなた方の判断の結果です」


ミランダお姉様が静かに立ち上がった。


その姿には、怒りや感情よりも、厳格な意思と冷徹な判断があった。


「あなた方は、自らの利益のために人を傷つけ、正当な権利を踏みにじった。──その“代償”は、必ず支払っていただきます」




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