236.名誉のための審問
数日後──クリスディア領主館・応接室
広々とした応接室に、関係者たちが静かに顔を揃えていた。
呼び出しに応じたのは、フェラール家の当主・ローランド。
その弟・ギルベルト。
不倫相手であるロゼット・トインビーと、その父でトインビー商会を率いるドナルド・トインビー。
そして主賓席には、この領地の領主にしてヴィリスアーズ家の令嬢──私、ジルティアーナが座っていた。
私は視線を一人ひとりに巡らせ、隣に控えるリズが静かに口を開いた。
「本日はご足労いただき、ありがとうございます。
本件において、ジルティアーナ・ヴィリスアーズ様は私人としてではなく、クリスディア領主として、また当事者であるミランダ・フェラール様の“身内”として、招集いたしました。
その旨、ご理解いただけているものとして進めさせていただきます」
ピンと張り詰めるような緊張が、室内に満ちる。
ローランドは薄く笑みを浮かべていたが、その瞳には隠せぬ緊張が見える。
ロゼットは怯えたように父に寄り添い、ギルベルトだけが困惑した表情で兄を見つめていた。
「では、まず事実確認から始めさせていただきます」
私はリズから一枚の文書を受け取り、それを机に置いた。
「フェラール家当主、ローランド様。
あなたが妻であるミランダ様と婚姻関係にありながら、ロゼット・トインビー嬢と不適切な関係を持ち、さらに彼女がご懐妊中であるという噂がございます。
これらの事実を、認められますか?」
一瞬、空気が凍りついた。
ローランドは静かに顎を引き、落ち着いた声で答えた。
「……不適切な関係があったことは、否定しません」
その答えと同時に沈黙が落ちる。破ったのはギルベルトだった。
「……妊娠って、どういうことですか?」
「ギルベルト……」
「兄上が……本当にロゼット嬢と? 子どもまで?」
ロゼットは肩を震わせながら、かすかに声を発した。
「……はい。お医者様に、そう言われました……」
ギルベルトの顔色が変わる。
「なんてことを……!
ミランダ義姉上がいながら、他の女性と関係を持ち、しかも子どもまで……!」
私は目線でギルベルトに「落ち着いて」と伝える。
「この場で感情的になるのは控えてください、ギルベルト様。
あなたに責任があるわけではありません」
そして再び、ローランドに向き直る。
「──ローランド様。
では確認いたします。あなたは今後、ロゼット嬢との結婚、並びに出産の支援を希望されているのですね?」
「……はい。そう考えています」
「そのために、ミランダ様との離婚を望んでいると?」
「……彼女は、家を出て行きました。私は近く正式に離婚届を提出する予定です」
私は首を横に振り、はっきりと告げた。
「ですが──一方的に妻を裏切り、不倫をし、妊娠までさせておいて、
“出て行ったから離婚”という理屈は、あまりに身勝手ではありませんか?」
ローランドの口元がわずかに歪んだ。
「……それは、どういう意味でしょう?」
「私は、お姉様から突然“フェラール家を出た”と聞き、心底驚きました。
そしてその経緯を知り、貴方に深く“失望”しました。
それでも私は、双方の話を公平に聞くため、こうして場を設けたのです。
……あなたの本心と、責任の取り方を問うために」
「……私は、ロゼットと、彼女のお腹の子を守ります」
その一言に、ロゼットの不安げな表情が少しだけ和らぐ。
「……覚悟はあるのですね?」
私の声は低く、静かだった。
「ならば、はっきり申し上げます。
あなたの行為は、貴族の婚姻契約に明確に違反しています。
ゆえに、“あなたから”離婚を申し立てる資格は、本来、ございません」
そこで、トインビー商会長が割って入る。
「ですが……ミランダ様との婚姻関係は、既に破綻していたと伺っております。
お子もおられず、実質的な夫婦関係は──」
「トインビー商会長」
私は鋭く声を切った。
「まず、貴族としての礼節をわきまえてください。
貴方の娘は、既婚男性と関係を持ち、子を授かりました。
それが“誠実な婚姻”の始まりになると、お考えですか?」
場に沈黙が落ちた。
私はさらに静かに、そしてはっきりと告げる。
「この離婚は、ミランダ様の名誉を守るために“成立”させます。
そして、あなた方がどれほどの代償を払うべきか──
それを、領主として明確にさせていただきます」
ローランドの視線が、ようやく私に真正面から向けられた。
だが、私の中には一片の迷いもない。
──お姉様を泣かせたその責任は、徹底的に取っていただきます。




