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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
観光の街、クリスディア

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229.幸せの優先順位


「あのときの……ステラの“ありがとう”も、“大好き”も、ぜんぶ覚えてるのよ」


私が目元を押さえながらそう言うと、ステラは少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。


一方で──あのとき、あの場所にいなかったリズが不思議そうに首をかしげる。

その様子を見て、レーヴェが一年前の出来事を簡潔に説明していた。


「……私も、忘れていません。

あのときのティアナ様の言葉、ずっと、私の支えでしたから」


ステラの声は、かつての甘えた響きを残しつつも、芯の通った大人びた響きを帯びていた。

三年前に感じた彼女の成長は、この一年でさらに磨かれ、確かな光を放っている。


──ああ、本当に、もう大人になるんだね。


まだ子どもだと思っていたステラも、来年には成人を迎える。

それは嬉しいことなのに、どうしてだろう──ほんの少しだけ、胸の奥が寂しくなった。


「ティアナ様。

私たちを“買い上げてくださった”こと──もちろん、感謝しています」


顔を上げると、ステラはまっすぐに私の目を見つめ返してきた。


「でもそれ以上に……教室で子どもたちに話したように、私たちに“選択肢”と“名前”を与えてくださったこと。

あれは、感謝という言葉ではとても足りないくらい、大きなことでした」


「……ステラ」


私が名前を呼ぶと、彼女はふっと目元を緩め、目の前の料理へと視線を落とす。


「そして、今こうして……一緒に食事をして、笑い合って──

かつて、生きることが辛かった日々が、まるで夢だったみたいに思えるようになりました。

“日常”のなかに、こんなにもたくさんの“幸せ”があることを教えてくれたのは──ティアナ様、あなたです」


……もう、駄目だった。


目元が熱くなり、鼻の奥がつんとする。

気配を感じて横を向くと、リズがすっと何かを差し出してきた。


──今度はハンカチではなく、タオルだった。


私はそれに顔を埋め、感情の波に堪えきれずに声を上げる。


「もぉ~っ! なんで急にそんなこと言うのよぉ~……!」


わんわん泣きじゃくる私を見て、ステラはくすくすと笑い、

レーヴェとリズは、相変わらずといった表情でため息をつく。いつもの光景だった。


「だって、ティアナ様が“結婚”とか、一年前の話をするから……」


そう言って、ステラは手に持っていたグラス──果実水に、そっと口をつける。


「もし将来、お嫁に行くことになっても……“行き先”は自分で、ちゃんと選びます。

それに、結婚相手の第一条件は──“クリスディアへの永住”です!」


きっぱりと拳を掲げて宣言したステラに、場の全員が目を丸くする。


彼女はふふんと得意げに笑い、私たちに向かって長い耳をぴんっと立て、自信満々に続けた。


「“結婚したら仕事を辞めろ”なんて言う方は、もちろん論外です!

あっ、“永住”と言いましたが、もっと正確に言うなら──

“私がティアナ様にお仕えすること”、そして“家庭よりもティアナ様を優先すること”を理解してくれる男性じゃないと、駄目です!」


そのきっぱりとした口調に、私は思わず言葉を失った。


「だから、もしもティアナ様がクリスディアを離れることになったら……私は迷わず、ついていきますよ!」


その言葉に、場の空気がぴたりと止まる。


私も、リズも、レーヴェでさえも、一瞬、言葉を失った。


「……そんな条件を呑んでくれる男性、いるかしら?」


リズのつぶやきが妙に大きく響いた。


「いなければ、結婚しなければいいんです。優先すべきは、“ティアナ様”ですから」


さらりと答えるステラ。

言ってくれることは嬉しい。だけど……本当に、それでいいの?


「よく言ったステラ! そうだ。理想的な男がいないなら、結婚なんてしなければいい!」


レーヴェが力強く頷いた。

──うん、レーヴェなら、そう言うと思った。


私はまっすぐにステラを見つめ、静かに口を開く。


「ありがとう、ステラ。あなたが“私についてくる”って言ってくれたの、とても心強いし、嬉しかった。

でも──私はね、あなたが幸せになってほしいの。自分の幸せをちゃんと選んで、つかんでほしい」


「……それなら」


ステラはきゅっと口元を引き締め、目をそらさずに言った。


「私にとっての幸せは、ティアナ様のそばにいることです。

それが変わらない限り──私は、ここにいます」


その真っすぐな言葉に、胸の奥がまた、きゅうっと熱くなる。


私はこらえきれず、もう一度ステラを強く抱きしめる。


「ステラは……本当にかわいいわね。

もし、そんな理想的な男性が現れたとしても、ステラをあげたくなくなっちゃうわ」


「そうですか? だったらお嫁になんて行きません!」


そう言って笑うステラは、無邪気で、でももう少女ではない。


嬉しくて、誇らしくて、でもやっぱり、少しだけ寂しい。


腕の中でにこにこ笑うステラと、満足そうに頷くレーヴェを見ながら、

私はほんの少しだけ、不安を覚えてしまった。


──このままで、本当にいいのかしら。




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