218.陽だまりの家で
「お待たせいたしました!」
元気よく言いながら、ミアちゃんが大量のおにぎりの入った袋をネロくんに差し出す。
彼は「ありがとう」と言って、それを丁寧に受け取った。
「あ、目印が付いてるのは“お母さん”用ね!
この前の健診で、“体重増えすぎた!”って言ってたから、マヨネーズ少なめにしておいたの!」
「……何から何まで、ありがとな」
にっこりと笑うミアちゃんに、ネロくんは半ばあきれたように笑いながらも、やさしく礼を言った。
「いつもありがとう、ミアちゃん。ミーナにもよろしく伝えてね」
「はーい! また来てくださいね!」
明るく手を振るミアちゃんに見送られ、私たちは袋をマジックバッグにしまい、再び通りへと歩き出した。
吹き抜ける風には、ほんのり潮の香りが混じっている。
その匂いを感じながら、私たちはネロくんの家へと向かった。
「お昼に間に合ってよかったですね」
レーヴェが言うと、リズが微笑んで応じる。
「早く届けないと、お腹空かせて待ってるわよ。きっと」
ふたりのやり取りを聞きながら、私たちは住宅街の通りへと入っていく。
やがて、角を曲がった先に、真新しい家が見えてきた。
ネロくんが先頭に立ち、その背を私たちは静かに追う。
住宅街の中でも、ひときわ陽当たりの良い角地に建つ家。
白い壁に木の窓枠、低く整えられた垣根の内側には、小さな花がちらほら咲いていた。
敷石の道の脇には、洗濯物が気持ちよさそうに揺れている。
「……ずいぶん、小さいのね」
リズがぽつりとつぶやく。
ネロくんは振り返らず、「でしょ? 俺も小ささにびっくりした」と軽く笑って、洗濯物をじっと見つめた。
玄関の前に立ち、彼が手を伸ばしかけた、そのとき──
ガチャ!
ドアが音を立てて、内側から開いた。
出てきたのは、
「兄ちゃん、おかえりっ! あ、ティアナお姉ちゃんたち、いらっしゃい!」
「ルトくん! こんにちは。おにぎり、たくさん買ってきたよ」
「わーい、ありがとう! 早く食べよっ!」
ネロくんが「ただいま」と返し、マジックバッグから袋を取り出すと、ルトくんは嬉しそうに両手で受け取った。
そのままくるっと踵を返し、家の中へ駆けていく。
するとすぐに、奥からにぎやかな声が響いてきた。
「お母さーん! すごいよ! ティアナお姉ちゃんが、おにぎりたっくさん持ってきてくれたー!」
「えっ、本当に!? やった〜! どれにしようかなぁ?」
その声に、ふぅっと息を吐いてから、リズがネロくんを追い抜いて部屋の中へ入っていく。
そして──
「“どれにしようかな”じゃないわよ。あなた、体重が増えすぎなんですってね? あなたのは、目印付きの二個だけ。マヨネーズ少なめよ」
「エリザベス様!? ひどいです〜! マヨネーズは多めがおいしいのにぃ!」
「そんなこと言うなら、“マヨなし”にするわよ?」
「ええええっ!」
そんな懐かしい二人のやり取りに、私は思わずレーヴェと顔を見合わせて笑った。
それに気づいたエレーネさんが、ぱっと顔を明るくする。
「ティアナ様! レーヴェも! 来てくださってありがとうございます。すみません、お出迎えもせずに……」
そう言って立ち上がろうとしたので、私は片手を上げて制した。
「いいのよ。お出迎えなら、ルトくんがしてくれたわ。……ずいぶん、大きくなったわね」
私が目を細めて言うと、エレーネさんはぎょっとして、自分の頬を両手で挟んだ。
「えっ!? 私、そんなに太りました……!?」
背景に「ガーン!」と書きたくなるほどの衝撃顔で、ぶつぶつと「本当に“マヨなし”にしなきゃ……」と呟いている。
思わず私は吹き出した。
「違うわよ、“大きくなった”っていうのは、お腹のこと」
「へ? ああ……これのことですか! よかったぁ〜……」
ほっと息を吐いてから、エレーネさんはお腹を優しく撫でた。
リズもその様子を見ながら、やわらかく微笑む。
「外に干してあったベビー服を見ても思ったけれど……本当に、もうすぐなのね」
一瞬きょとんとしたあと、エレーネさんはにっこりと笑った。
「はい! もう、すっごく動くんですよ。夜も寝られないくらい!」
そう言いながらも、その顔はとても幸せそうな──“お母さん”の笑顔だった。




