216.築いてきた居場所
「この辺りも、ずいぶん変わりましたね」
レーヴェがぽつりと呟き、私はその言葉に誘われるように周囲を見渡した。
ここは、クリスディアの中央──メイン通りだ。
そういえばネロくんと出会った頃、あの場所でルトくんの誕生日会を開いたっけ……。
ちょうど視界に入ってきたオーベルジュを見つめながら、懐かしさが胸にこみ上げる。
どうやら、その思いは他の皆も同じだったようで、ネロくんが口を開いた。
「──懐かしいな。新しい店がたくさんできたけど……あのオーベルジュには、大切な思い出がある。
変わらずにいてくれるのが、嬉しいよ」
「ええ、本当に懐かしいですね。もう、あれから四年も経ったなんて……」
リズが言った言葉に、みんなが頷く。
ネロくんが、懐かしむように目を細めた。
「──いくらルトの誕生日を祝いたいからって……盗みをするなんて、本当に馬鹿だったよな」
「ネロくん……」
私が思わず心配して彼を見ると、彼は苦笑いを浮かべた。
「ティアナさんたちが許してくれたところで、俺の罪は消えない。そのことは、一生忘れない」
ネロくんはそう言って、俯いたまま小さく息を吐いた。
その表情はどこか痛々しくて、けれど、その声はまっすぐ前を向いていた。
私は何も言わず、そっとその横顔を見つめる。
リズも、レーヴェも黙っていた。けれど、その沈黙は責めるものでも、気まずさでもなく──
ちゃんと、彼の言葉を受け止めるためのものだった。
「……でもさ」
ネロくんが、ぽつりと呟く。
「もし、あの時、俺があんなことしなかったら……ティアナさんたちと、出会えなかったんだよな」
ゆっくりと顔を上げると、彼は遠くにあるオーベルジュを見つめていた。
視線の先にあるのは、思い出の場所。初めて笑い合った時間。赦された日の温もり。
「もちろん、あんなことは二度としちゃいけないし、しちゃダメなんだけど……でも、あの瞬間がなければ、きっと今の俺はいないと思う」
「……うん」
私は小さく頷いた。
「それだけ、本気で向き合ったからじゃないかな。自分のしたことと、私たちと。だから、今こうしてここにいられるんだと思うよ」
「そうですね、私もそう思います。ネロさんがちゃんと謝って、変わろうとして、変わって……それをみんな知ってますよ」
リズが微笑み、レーヴェも穏やかな表情で「そうですね」と頷いた。
ネロくんは、照れたように肩をすくめて、けれど目元はどこか潤んでいた。
「……うん、みんな……ありがとう」
その一言に、いろんな想いが詰まっていた。後悔も、感謝も、いまだに拭いきれない迷いも。
けれど、それでも前を向いて歩いている、彼の今を私たちは知っている。
オーベルジュの軒先に、ふわりと風が通り抜けた。
それはまるで、四年前に交わしたあの日の会話の続きを、静かに運んでくるかのようだった。
そんな風を感じながら、私たちは再び歩き出した。
昔話に浸った心を、少しずつ今の空気へと引き戻しながら。
「……相変わらず、すごい行列だな」
ネロくんの声に視線をやると、目当ての建物が見えてきた。
通りの角にある、おにぎり専門店。木目調の外観に、白い暖簾が優しく揺れている。
看板には、手書き文字で《おにぎり ONIGIRI》と書かれていた。
開店からまだ間もない昼前の時間帯だというのに、店の前にはすでに何組もの行列ができている。
「やっぱり今日も繁盛してますね」
レーヴェが言うと、リズが目を見開いて感心したように言った。
「ほんとに……すごい行列ね」
その言葉にちょうど重なるように、店の中から明るい声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか? おすすめはスパムおにぎりと、鮭のやつですよー!」
ガラス越しに見える、はつらつとした少女──ミアちゃんだ。
白いエプロンと三角巾がよく似合う、笑顔の看板娘。
「いらっしゃいませー!」
もう一人、カウンターの中で手際よくおにぎりを握っている女性──店長のミーナ。
落ち着いた声と仕草に、安心感と信頼がにじみ出ている。
「……ふたりとも、がんばってますね」
リズの声は、どこか誇らしげで、少しだけ感慨を含んでいた。
私もうなずく。
「お店を始めたばかりの頃は、不安もあったけど……今はもう、ミーナたちがいれば大丈夫ね」
「おにぎりでこんなに行列ができるなんて、やっぱりすごいな……」
ネロくんがしみじみと言いながら、列の最後尾へと向かう。
にぎやかな通りの中で、そのお店だけがどこか特別なぬくもりを持っていた。
きっと、丁寧に握られたひとつひとつに、たくさんの気持ちがこもっているからだろう。
そしてそれは、あの日出会ったばかりの私たちが、少しずつ築いてきた“居場所”のかたちでもあった。




