205.飼料から食料へ
「うわ、こんなものまで持ち歩いてたの!?」
マリーが、驚きと呆れの入り混じった声を上げた。
「さすがティアナ様、準備に抜かりがありませんね」
オリバーさんは感心したように頷き、リズと一緒にコンロの準備を始める。
──さて、皆が準備に夢中になっているうちに……
私はそっとレーヴェを伴って納屋の端へ移動し、マジックバッグから新たなアイテムを取り出した。
じゃじゃーん、ビンとすりこぎ〜♪
……と、心の中で某ネコ型ロボットの声をつい真似ながら道具を掲げたが、これは実はダミー。
本当の目的は──
「精米っ!」
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【生産】スキルを使用して、イルを精米しますか?
▶ YES / NO
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「よかった……! イルでも玄米と同じように精米できるみたい!」
以前、砂糖をグラニュー糖に変えたときと同様、【生産】スキルで“精米”を試みたのだ。
実はリズたちと相談のうえ、いつ米の収穫が始まっても対応できるよう、私の持っていた玄米を【生産】で精米できることは事前に確認していた。
今回はイルでも同様に可能と分かり、私は“YES”をタップした。
──表示が切り替わる。
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精米歩合を選択してください。
▶ 玄米 ~ 純正米
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米の玄米のときと同様に、一割ごとの精米度が選べるようになっていた。
「うーん、今回はお試しだし、手作業でやったことにするから……五分づきでいいかな?」
そう呟きながら、五割で決定ボタンを押す。
『イルを五分づきで精米しました』
──よし。さっきまで黒ずんでいたイルの粒の色が、少し明るくなっているのが分かる。
本当は純正米……純正イル? にしてしまいたかったけど、ダミーのビンとすりこぎを使ってやったことにするのだ、五分づきで抑えた。
純正米にするのはもちろんのこと、五分づきにするだけでも手作業なら何時間もかかるが、精米のことなんて知らないみんなには分からないだろう。ということで、五分づきにした。
そして──
「解析っ!」
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【イル(五分づき)】
元は家畜用飼料として流通していた穀物。
形状・構造は日本由来の“米”に極めて類似。
精米処理により、食用としての適性が大きく向上している。
(効果)
高タンパク・中糖質
人間の栄養摂取にも適している
(品質)
★(精米により雑味が軽減)
(状態)
新鮮
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「色が変わりましたね! ……何をされたんですか?」
レーヴェが小声で尋ねてくる。私は微笑んで答えた。
「……【生産】で、ちょっとだけ“食べやすく”してみたの。今、確認してみたら“人間の栄養摂取にも適している”って」
「つまり、これはもう“飼料”じゃなく、“食糧”だと?」
レーヴェの目が、驚きと確信に輝く。
私は小さく頷いた。
「たぶんね。ただ、私が持ってきた米とは違って、元が飼料だから品質はまだまだだし、精米も五分づきだからクセはあると思うけど……」
そう言って、私はダミーのビンに精米済みのイルを詰め、レーヴェと共に皆のもとへ戻った。
皆の輪へ戻ると、ちょうど鍋の準備が整ったところだった。
「そっちで何をされてたんですか?」
エイミーが不思議そうにこちらを見てきたが、私はにこりと笑ってごまかす。
「ちょっとね」
すると、オリバーさんが炊飯用の鍋を持って近づいてきた。
「ティアナ様、準備できました」
「ありがとう!」
私は手に持っていた小瓶──中には【生産】スキルで五分づきにしたイル──をそっと差し出した。
「これが……イル、ですか? 先ほどと少し色が違う気がしますが……」
「ええ、少しだけ精製してみたの。クセはあると思うけど、お米と混ぜれば食べやすくなるんじゃないかって」
「なるほど。面白い挑戦ですね」
「うん。ブレンド米ってとこかな? 完全に精米してないし、みんな初めてだから食べやすいように米2、イル1でやってみましょう」
オリバーさんが興味深そうに瓶の中を覗き込む。香りを確かめ、粒の大きさを比べながら、手元の米と比率を調整していく。
「洗うのは、いつもの米と同じで大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと思います。水を少し多めにするといいかも」
「では、水加減は……こちらで調整してみますね」
彼の手つきは実に丁寧で、慎重にイルと米を混ぜ合わせ、鍋に移していく。私はその様子を見ながら、心の中で小さく深呼吸した。
(うまくいって……)
鍋が魔導コンロに乗せられ、火が灯った。




