204.鶏舎で見つけた希望
「この餌って、さっき“うちでは納屋で混ぜてから”って言ってたわよね? じゃあ、混ぜる前のものもあるの?」
マリーが手のひらに乗せた粒をカミラさんに見せながら尋ねる。
「……ああ、“イル”のことね。それなら、昨日届いた分がそこにあるわよ」
「“イル”? ……お米とは違うのかしら?」
エイミーが不思議そうに首をかしげる。
マリーはカミラさんが指さした袋の方へ歩き、袋の口を開いた。
「……あっ!」
声を上げると、袋の中身をすくって戻ってくる。
「ティアナ! これ、お米じゃない!?」
皆でマリーの手の中を覗き込む。そこには、濁った色合いをした米粒によく似た穀物が混ざっていた。やや黒ずんだものもあるが、その形は──どう見ても、私たちが知っている“米”に酷似していた。
「これ……どう見ても米よね。色はちょっと悪いけど」
私がそう言うと、リズもマリーの手元を見つめながら静かに頷いた。
「ええ。サイズも、エイミーたちが育てているものとほとんど同じだわ」
「でも、“イル”って呼ばれてるんだよね……? ってことは、食べ物としては扱われてないのかな」
エイミーが不安げに眉をひそめる。
「“イル”って、おそらく飼料用の雑穀ってことなんじゃないかしら。精製もされていないから、“米”とは別物として扱われてるのかも」
そう言いながら、私はマリーの手から“イル”を一粒つまむと、レーヴェの背後にまわり、マリーたちに聞かれないようにそっと呟いた。
「……【解析】」
視界にふわりと浮かぶ、いつものポップアップウィンドウ。
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【イル】
穀物、家畜の飼料として流通。
形状・構造は日本由来の米と類似。
(効果)
タンパク質が豊富
(品質)
★
(状態)
新鮮
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(……“米に類似”? やっぱり別物ってことなの?)
私は表示された情報をじっと見つめる。
“米”とははっきり書かれていない。けれど、「類似」とある以上、完全な別物とも言い切れない。
形も栄養も、十分に食用になり得るものなのに、誰もそれに気づいていない。
もしかすると、この国では“米”そのものが失われ、名前すら忘れられたのかもしれない。 あるいは、何らかの近縁種か、劣化した品種なのか──。
ウィンドウを指先で払うように閉じると、私はカミラさんに向き直った。
「この“イル”って、いつも同じ商人さんから仕入れているんですか?」
「ええ、そうです。イリノイ商会から定期的に届けてもらっていて、今月分は昨日届いたところです」
「イリノイ商会……」
私はその名前を心に刻む。 “イル”の仕入れ先が分かれば、栽培地や品種の手がかりが得られるかもしれない。
「この袋、少し分けてもらってもいいですか?」
「もちろん構いませんよ。何袋かありますし、一袋まるごとでも」
「いえ、そこまでは。少しだけで十分です。ありがとうございます」
私が礼を言うと、カミラさんは小袋を用意してくれた。 それをレーヴェが受け取り、私にそっと差し出す。
「……ティアナ様。これ、本当にすごい発見ですね」
彼は小声でそう言い、その目にはかすかな興奮の色が宿っていた。
「うん。私たちが知らなかっただけで……この国には、ずっと“米”があったのかもしれない」
私は、小袋の中で揺れる“イル”の粒をじっと見つめる。
粗く、混ざりものも多く、精製もされていない。 今はまだ、とても“商品”と呼べるような代物ではない。 けれど、それでも──間違いなく、命の詰まった実りだった。
ふと、ある考えが頭をよぎる。
「……試してみようか。ここで、炊いてみるのはどうかしら」
「えっ? ここで?」
マリーが目を丸くする。
「うん。せっかく“イル”があるんだもの。一度、実際に炊いてみたいの。もし本当に米と同じように炊けるなら、それが何よりの証明になるし──私自身、確かめたいの」
「……たしかに、食べられるかどうかは炊いてみないとわからないですね」
エイミーが力強く頷く。
「ですが普通の家に、厨房はありませんよ?」
オリバーさんの心配そうな声に、私はリズと顔を見合わせ、にやりと笑った。
「大丈夫よ! こういう時のために、私はいつも“これ”を持ち歩いてるの」
ドンッ、とマジックバッグから携帯魔導コンロと鍋を取り出した。




