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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
クリスディアの領主

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197.魔力のない世界の知恵


大切なものを手放すのは、少しだけ寂しい。

けれど、それを受け取って前へ進んでくれる人がいるのなら──私は、きっと安心して任せられる。


そう思いながら、私はそっと瞳を伏せた。

そのとき、手のひらにふわりとぬくもりが伝わる。顔を上げると、ミランダさんが優しく微笑みながら、私を見つめていた。


「でも、だからといって──諦めなくていいのよ。

私たちは、あなたの分まで、あなたがやりたかったことを始める。

もし何かアイデアが浮かんだら、教えてちょうだい。私たちが形にするから。……そして、クリスディア領が落ち着いたときには、ぜひ一緒に商品開発をしましょう」


その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

──そうか。諦める必要なんて、なかったんだ。


私は小さく笑みを浮かべた。

それに応えるように、ミランダさんもふっと微笑む……けれど、その目は真剣だった。彼女は机の上で指を組み、まっすぐな視線を私に向ける。


「──あなたの世界のネイルについて、どんな些細なことでもいいから、教えてちょうだい。

こちらの世界でどこまで再現できるかは分からないけれど、みんなで試してみましょう」


「はいっ!」


私は深く頷いた。

そして改めて、こちらの世界に持ち込めたマニキュアを取り出し、一つひとつ手に取りながら、その特徴や使い方を丁寧に説明していった。


 *


エレーネさんが、そっとマニキュアの瓶を手に取った。


「わぁ……こんなに小さいのに、すごく綺麗……。これって、どうやって色をつけるんですか? 魔力で?」


「ううん、これは顔料を混ぜて作るの。魔力じゃなくて、化学反応とか、光の反射を利用してるの」


そう答えると、エレーネさんはぱちぱちと瞬きをしたあと、楽しそうに笑った。


「へえ〜……よく分かんないけど、すっごく面白いですね! 私に作るのは無理そうだけど……見てるだけでワクワクします!」


一方、アイリスさんはメモ帳にカリカリと音を立てながら、黙々と記録を続けていた。


「顔料の粒子の細かさ……ツヤの出方……。塗布後の乾燥時間と密着性の関係も重要そうですね」


その様子を面白く思いながら、私は口を開いた。


「まずね、前提として、私のいた世界──日本には“魔力”は存在しなかったの。この世界みたいな“スキル”や“天職”もなかったのよ」


以前に話したことのあるリズ以外の視線が、一斉に私に注がれる。皆、驚いたような表情を浮かべていた。


「魔力も……スキルもない……!?」


「それじゃあ、どうやって……?」


エレーネさんとアイリスさんが、ほぼ同時に声を上げる。

だが、ミランダさんだけは違った。腕を組み、しばし黙考していた彼女は、やがて顔を上げて口を開いた。


「だから──誰もが料理をできて、あなたも教えることができるのね?」


さすがミランダさん。

私は彼女を見つめ、静かに頷いた。


「はい、その通りです。スキルがないから、この世界みたいに最初から上手に作れるわけじゃありません。

でも、皆が少しずつ練習して、日本では多くの人が料理をします。

卵を上手に割れるのは、幼い子ども以外なら、たいてい誰でもできることなんです」


私の言葉に、一瞬、場の空気が静まった。


魔力も、スキルもなくても──料理はできる。

そう言い切った私の声は、きっとこの世界では、非常識の象徴に聞こえたかもしれない。


けれど、私は信じている。

日本で当たり前だったことが、ここでも通じるはずだと。


「……この世界では、【調理】のスキルがないと、まともに食事を作れないって言われてきました。

でも、それはただ“作り方を知らない”だけなんじゃないかって、私は思ってます」


私はテーブルに並べられたマニキュアの瓶をそっと見やりながら、言葉を続けた。


「日本では、子どもにも料理を教えます。

火の扱い方、包丁の使い方、食材の切り方。最初は失敗しても、何度も繰り返すうちに上手になります。

私たちの世界では、“料理”はスキルじゃなく、“習うこと”なんです」


エレーネさんが、目を丸くして私を見つめる。

アイリスさんは何かを理解し始めたように、小さく頷いていた。


「……たしかに、スキルに頼らない料理なんて、考えたこともなかった。

けれど……実際に教えてもらって、卵を割り、おにぎりを作った今なら、その説明に納得せざるを得ないわね」


ミランダさんの声は、真剣だった。

それを聞いて、私は少しだけほっと息をつく。


「もちろん、最初から完璧にはできないと思います。

でも、包丁の持ち方からでも、一つずつ覚えていけば、必ずできるようになります。

むしろ、“スキルに頼らない料理”だからこそ、誰でも食事を作れる未来が広がると思うんです」


ミランダさんが、ふっと目を細めて私を見た。


「──つまり、料理もネイルも、学びであり文化。

それを私たちの世界に根付かせたい、そういうことかしら?」


私は真っすぐミランダさんの目を見返し、力強く頷いた。


「はい。魔力がないからこそ、“手を動かす”価値がある。

そう信じてます」


その瞬間、ミランダさんの唇に、静かな微笑みが浮かんだ。


「いいわ。なら、私たちも本気で向き合いましょう。

この世界の常識を、少しずつでも変えていくつもりでね」




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