195.異世界ネイル入門
「まずは、マニキュアですが」と言いながら、私は指を一本立てた。
「マニキュアのメリットは、なんといっても手軽さです。塗るのも簡単ですし、落とすときも“除光液”を使えばすぐに落とせます。だから、その日の気分やシチュエーションに合わせてカラーチェンジがしやすいんです。特別な道具も必要ありません」
アイリスさんがメモを取り終えたのを確認し、私は続けた。
「デメリットは、塗ったあとに乾くまで時間がかかることです。しっかり乾かないうちに触ってしまうと、よれたり、剥がれたりしてしまいます」
立てていた一本の指を、二本に変える。
「次にジェルネイルですが、マニキュアに比べて持ちが圧倒的に良いんです。マニキュアは一週間ほどで剥がれやすくなりますが、ジェルネイルは一ヶ月ほど持ちます」
「一ヶ月も!?」
ミランダさんが驚きの声を上げた。
「爪紅でも一週間くらいなのに……」と目を見開くミランダさんに、私は笑顔で頷いた。
「ただ、一ヶ月も経つと自爪が伸びてきてしまうので、私は三週間くらいでチェンジしていました。ジェルネイルは専用のライトで硬化させるので、平らなデザインやストーンの埋め込みもしやすいですし、何よりツヤがとても綺麗なんです」
「ライトで……固めるのですか?」
アイリスさんが目を丸くして聞いた。
「はい。紫外線やLEDのライトを使って、ジェル状の液を硬く固めます。日本では小型のライトも市販されていて、“セルフネイル”──つまり家庭でも手軽にできるんですよ」
「なるほど……その“ライト”さえあれば、長持ちして綺麗なネイルが作れるのね」
ミランダさんは頷きながら、真剣な顔つきで何かを思案しているようだった。
やがて彼女は椅子の背にもたれ、少し考えるように視線を上に向けて言った。
「ただ……想像が少し難しいわね。この世界で、それらを再現できるかしら……?」
「それは……」
私は一度言葉を切り、慎重に続ける。
「ジェルネイルには専用のライトが必要ですし、最近は“剥がせるタイプ”のベースコートも出ていましたが、一般的には塗る前やオフする際に、爪の表面やジェルを削る作業が必要になります。だから、ある程度の道具と技術が求められるんです。でも──」
そこまで言ってから、私は手をかざし、静かにステータス画面を呼び出した。
そして、例の『錬金術師になろう』のアイテム一覧から、目的の品を取り出す。
「マニキュアなら、再現できるはずです」
カツン、と軽い音を立てて、私はマニキュアの小瓶をテーブルの上に置いた。
小さなガラス瓶。中には淡いピンク色の液体が揺れている。
「これが……マニキュア?」
ミランダさんが身を乗り出し、興味深そうに瓶を覗き込む。
「はい。この中の液体を、筆で爪に塗るんです。乾くとしっかり色が定着します」
私は瓶の蓋をくるくると回して開け、内側についた小さな筆を引き出す。淡い色が筆先に絡み、光を受けてつやりと輝いた。
「では……実際に塗ってみますね」
私は自分の左手をテーブルに置き、人差し指の爪に筆を滑らせる。透明感のあるピンクがスッと広がっていく。
「まあ……本当に塗れるのね」
アイリスさんが目を輝かせる。
「これは“ベースカラー”といって、全体の色の基本になります。乾いたら、ラメを重ねたりストーンをつけたりもできますよ」
「なるほど……」
ミランダさんはうっとりとした目で私の爪を見つめた。
やがて彼女はふっと息をつき、顔を上げる。
「……すごいわね。爪紅よりツヤがあって、華やかだわ。これは、きっと女性たちに受け入れられるわ」
「ありがとうございます」
私は笑顔で応じた。乾かしている間に、少し間を置いてから続ける。
「今、私が持ち込んだのはこれだけですが、材料さえ揃えば【錬金術】で再現できると思います。色やラメも種類を増やせば、もっと楽しめますし、できればベースコートやトップコートも欲しいです」
私が立て続けに口にした聞き慣れない言葉に、皆が不思議そうな表情を浮かべる。
私はそれらについて、丁寧に説明を加えた──。
「ふむ……だいたい分かったわ。じゃあまずは、その再現ができるかどうか、試してみましょう」
ミランダさんはすぐに前向きな声を上げる。
私はリズと顔を見合わせる。リズが静かに頷いたのを確認し、口を開いた。
「私の、特殊なアイテム一覧に“マニキュア”が残っていたので、【錬金術】などを使えば、ジェルネイルは分かりませんが、少なくともマニキュアなら再現できるはずなんです」
「……“残ってた”?」
ミランダさんの問いに、私は深く頷いた。そして、説明を始める。
私の特殊な【錬金術】──『錬金術師になろう』のシステム。
初めて使用したとき、“壊れたデータ”は自動的に消去されてしまった。
その後、私は色々と確認を行った。
元々どれだけのアイテムを持っていたのかは覚えていないが、明らかに数が減っていたのは確かだ。
だが、残っていたアイテムの多くをリズとエレーネさんに見せた結果、ある仮説が浮かび上がった──。




