194.ミランダさんからの相談と、私の提案
会議室へと移動した私たちは、向かい合って椅子に腰を下ろした。
今ここにいるのは、私とリズ、それにエレーネさん。
そしてミランダさんとアイリスさんを加えた、合わせて五人だ。
大きな窓から差し込む柔らかな朝の日差しが、先ほどまでの賑やかな空気の余韻を、そっと包み込んでいる。
「ふふ……さっきの子どもたちの顔、とても素敵だったわね」
ミランダさんが穏やかな笑みを浮かべて言った。
「はい。料理を通してあんなに目を輝かせてくれて……私も本当に嬉しかったです」
私がそう答えると、ミランダさんはふっと微笑みを深めた。
だが、次に口を開いたとき、その瞳には凛とした光が宿り、空気がわずかに引き締まる。
「それでね、ティアナ。実はあなたに、相談したいことがあるの」
その一言に、思わず背筋が伸びる。
「はい。なんでしょうか?」
「あなた、うちの──フェラール商会に来たとき、いろいろと言ってくれたそうね?」
「──えっ?」
思いがけない言葉に、反射的に聞き返してしまう。
するとミランダさんは、どこかいたずらっぽい、不敵な笑みを浮かべた。
「ギルベルトたちから聞いたのよ?
見たことのないメイクをしたお客様がいると思ったら、“ジルディアーナ様”だったって。
その話を聞いて、もうびっくりしちゃったわ」
「あー……あははー……」
どう返せばいいのか分からず、曖昧に笑ってごまかそうとする……が、誤魔化しきれそうにない。
じとりと向けられる視線に、私は言葉を失う。
しばらく私を見つめたあと、ミランダさんはふっと笑った。
再び向けられたその目には、どこかからかうような色が浮かんでいた。
「ええ、わかってるわ。どうせまた、思ったことをポロッと言っちゃったんでしょう?」
「はい。その通りです」
即座にそう答えたのは──私ではなく、リズだった。
「リズ、ひどいっ!」
抗議の声を上げる私に、ミランダさんは吹き出した。
ころころと笑ったあと、顔を上げて口を開く。
「そのチークや、ドライヤーで冷風を当てるのは、“あちら”の知識よね?」
「あ、はい。そうです。私の以前いた世界……“日本”では普通のことでした」
──世界、という言い方をするなら“地球”と言った方が正しいのかもしれない。ただ、説明としてそう伝えた。
ミランダさんは「やっぱり、そうだったのね」と頷いたあと、顔を上げて聞いてきた。
「もう分かっていると思うけど、フェラール商会は主に女性向けの服飾や化粧品などの美容用品を扱っているの。
それで──なにか新しい商品の良いアイデアはないかしら?」
突然の問いかけに、私は一瞬言葉を失った。
「新しい商品の……アイデア、ですか?」
「ええ。あなたの“日本”の知識を活かせば、きっと私たちの商会にとって、大きなヒントになると思うの」
ミランダさんの瞳は真剣そのものだった。
それでいて、どこか期待に満ちたまなざしに、私は自然と背筋を伸ばす。
「……そうですね。あっ、そうだ! 実は、私からも相談しようと思っていたものがあったんです!」
「本当に? どんなものなの?」
ミランダさんが目を輝かせ、身を乗り出すようにして尋ねてくる。
「ネイルです!」
「ネイルって……爪、のことよね?」
私は深く頷いた。
「はい! そうなんですが、ネイルケアやネイルアートの意味で、“ネイル”って言ってたんです」
「ネイルケアは分かるけど……ネイル“アート”?」
「“爪紅”は、爪を染める装飾ですよね?
ネイルアートは、爪に色を塗ったり、ストーンやラメを付けたり、柄や絵を描いたりして装飾するんです!」
そう説明すると、ミランダさんとアイリスさんが顔を見合わせる。
「爪に……絵を描くのですか? それって、どんなふうにするのでしょうか?」
アイリスさんが首を傾げながら聞いてくる。
「たとえば、季節に合わせて桜の花を描いたり、ドレスの色に合わせてストーンをつけたり。
細かい筆で繊細な模様を描いたりもできますし、ほんの小さな爪の中に、小さな世界を作るような感覚なんです」
「まあ……それは確かに素敵かも」
ミランダさんが目を細め、指先を眺めるように手を軽く持ち上げた。
「でも、それって職人技じゃない? 簡単にできるものなの?」
「本格的にやるには技術が必要ですけど、ただ塗るだけならそんなに難しくはないです。
絵を描くのは追々として、最初はワンカラーや、ラメやストーンをワンポイントで使うだけでもいいと思います」
「……なるほど」
私の話にミランダさんは頷き、アイリスさんはメモを取った。
私は指を二本立てて、説明を続ける。
「ネイルには主に二種類、マニキュアとジェルネイルがあって、それぞれに特徴があります」




