193.【料理人】の非常識
それを聞いたオリバーさんが、ハッと顔を上げて深く頷き、口を開いた。
「やっぱり【料理人】としては……おにぎりだけでも驚きですよね。以前、マリーが作ってくれたナポリタンよりは簡単だと思ってしまって……感覚が麻痺してました」
「……ナポリタン?」
首をかしげるミーナに、「ナポリタンっていうのはね……」と、私はその作り方を簡単に説明した。
*
「そんな複雑なものまで作れるなんて……」
私の説明を聞いたミーナは、口をあんぐりと開けて呟いた。そんな彼女に、ミランダさんが確認するように声をかける。
「やっぱり普通は……卵を割ることさえ難しいものよね?」
「そりゃそうだよ! 【調理】のスキルがなければ、卵を割ろうとしても中身を潰しちゃうさ!」
そう返したミーナの声に、場の空気が一瞬静まりかえった。
沈黙を破ったのは、ルークくんだった。
「ぼく、上手に卵割れたよ!」
えっへん! と言わんばかりに胸を張って言う。
「えっ!?」とミーナが驚くと、ルークくんに対抗するようにマイカちゃんが声を上げた。
「マイカはもう何回もやってるもん! 卵を割るの、得意なんだからっ!」
「私だって! 私なんて、ティアナに教えてもらって……目玉焼きも作れるのよ!? ちょっと難しそうだったけど、さっきの卵焼きだって、作れるように頑張るわ!」
マイカちゃんとマリーまでが、競うように声を張り上げた。
「ほ、本当に……?」
信じられないといった様子で目を丸くするミーナ。
そんな彼女に、アンナが補足するように言葉を添えた。
「信じられないかもしれないけど……卵を割れるのは本当よ。私はさっき、この目で見たもの。
それに、ティアナ様とオリバーさん以外は、【調理】のスキルを持っていないそうよ」
「マリーが目玉焼きを作れるのも確かです。ティアナさんに教わったあと、何度か作っています。
たまに焦がしてしまったり、黄身が思った固さにならなかったりはしますが……ちゃんと作れていますよ」
オリバーさんの言葉に、(私が教えたあと、また作ってくれたんだ)と嬉しくなって、私はマリーを見つめた。
目が合った彼女は、少し恥ずかしそうに笑った。
「半熟にするのが、ちょっと難しいのよね」
「練習すれば、どれくらいで火が通るかわかってくるよ。また一緒に作ろう、卵焼きも!
他にも煮卵にスクランブルエッグ、オムレツ、ポーチドエッグ……卵料理だけでも色々あるんだから!」
興奮気味にそう言うと、マリーはぱっと顔を明るくした。
「また料理、教えてくれるの!?」
「もちろん! ルセルのときと違って、これからは時間がたくさんあるんだもの。もっといろんなもの作ろう」
私がマリーの手を握りながらそう言うと、マイカちゃんが勢いよく手を挙げた。
「お母さんずるい! マイカが最初にお姉ちゃんから教えてもらってたんだよ!?
ティアナお姉ちゃん、マイカにもまた教えてっ!」
「えーっ! お母さんとお姉ちゃんだけずるい! ぼくも料理してみたい!」
そんな2人の様子に、思わずくすりと笑ってしまった。
「うん! みんなで料理を作ろう」
そう言うと、子どもたちは一斉に「やったー!」と声を上げた。そのはしゃぎっぷりに、思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ、次に作るのは何がいいかな?」
マリーたち家族3人は、わくわくした様子で相談を始めた。
そんな様子を微笑ましく見ていた私に、ミランダさんが声をかけてきた。
「卵料理だけで……そんなに色々あるの?」
「さっき挙げたスクランブルエッグやオムレツは、調味料を除けば卵だけで作れる料理です。
それらをアレンジすれば、もっとバリエーションも広がりますし、卵って本当にすごいんですよ?
お肉のつなぎに使ったり、ケーキなどのお菓子にも使われてます」
それを聞いたミランダさんは「卵って、本当にすごいのね」と感心したように頷いた。
そして私の目を真っ直ぐに見つめ、意外なことを言った。
「私にも……また、料理を教えてくれる?」
予想外の申し出に、思わず目を丸くしてしまった。
そんな私の様子を見て、少し恥ずかしそうにするミランダさん。
(なんか……可愛いんですけど!?)
私は内心キュンとしながら、それを隠すようにミランダさんの手を両手で包む。
「もちろんです! ミランダさんも一緒に料理をしましょう!!」
勢いよくそう答えると、ミランダさんは一瞬きょとんとしたあと、照れくさそうに微笑んでくれた。
その笑顔に、ふわりと胸が温かくなった──。




