192.朝ごはんのあと、ひとつの気づき
「甘い梅干し!? 甘いのもあるなんて……それはぜひ、食べ比べしてみたいですね」
オリバーさんが真剣な表情で頷いた。
「甘いなら……マイカも食べられるかも!」
マヨネーズだけでなく甘いものも大好きなマイカちゃんが、ぱっと反応する。
……今回用意した梅干しは、どうやら酸っぱすぎて無理だったらしい。
そんなマイカちゃんを、優しいまなざしで見つめていたオリバーさんは、味噌汁をひと口飲んで、ふうっと息を吐いた。
「本当に……どれも優しい味がして、ほっとしますね」
そう言って、手元のカップに目を落とす。湯気の立つ味噌汁をそっと見つめるその瞳には、どこか感動の色がにじんでいた。
「最初にひと口飲んだとき、“ああ、これは身体のための料理なんだ”って思いました。胃の中からじんわり温まって……今朝は少し頭が重かったんですが、不思議と楽になってきた気がします」
気づいてくれたんだ、と心があたたかくなりながら、私は答えた。
「しじみの味噌汁って、昔から“肝臓にいい”って言われてるんですよ。だから、お酒を飲んだ翌朝にはぴったりなんです」
「なるほど、理にかなっているんですね。しかも美味しい。
やさしいのに、しっかり旨味がある……まさに癒しの一杯ですね」
オリバーさんの声には、どこか敬意すら感じられた。
「卵焼きも──見た目はシンプルだったのに、食べてみてびっくりしました。ふんわりしていて、ほんのり甘くて……なんというか、心が和む味ですね。
何層にも巻かれていて綺麗で、“手がかかってるな”って感じました」
その言葉にミランダさんが深く頷き、「料理って……すごいのね」と呟いたあと、食べかけの卵焼きをじっと見つめた。
「卵を、あんなふうに何度も巻いて、こんな綺麗な形になるなんて……知らなかったわ。
食べてみれば、ふわふわで、とても美味しい……いつもの卵料理とは全然違ってたわ」
「ありがとうございますっ!」
ベタ褒め!? と思わず嬉しくなって、大きな声でお礼を言うと、ミランダさんは目を丸くしたあと、ふわっと微笑んだ。
「お礼を言うのは……こっちのほうよ? こんなに美味しいものを食べさせてもらったんだから」
その言葉に他のみんなも、うんうんと頷いて笑ってくれた。
その様子を見て、私はなんだか胸がいっぱいになった。
「よかったら、おかわりもありますよ。まだ、たくさんありますから」
そう声をかけると、ルークくんが一番に手を挙げた。
「ぼく、おにぎり、もう1個食べたい!」
「じゃあ、私は卵焼きをもう少しいただこうかしら」
と、ミランダさん。
他の人からも、ちらほらと声があがる。
みんなにとって、初めての日本の朝食は大好評だった。
*
お腹も心も満たされたあと、みんなが自然とテーブルに肘をついて、ほっと一息ついた。
「……いやあ、朝からこんなに食べたの、久しぶりです」
オリバーさんがお腹を撫でながら笑うと、周りにもくすくすと笑い声が広がった。
「ごはんを“美味しい”って思いながら食べたの、いつ以来かしら……」
ミランダさんがふと遠くを見るような目をして、ぽつりとつぶやく。
それにアイリスさんが頷いた。
「そうですね。食べるって、ただ空腹を満たすだけじゃないんですね。気持ちまで満たされるなんて、初めて知りました」
アイリスさんの言葉に、みんなが黙って頷いた。
ミーナがティーカップから顔を上げて言った。
「しかし……本当にびっくりだよ」
「何が? ごはんが美味しかったこと?」
そう聞くと、ミーナが少し複雑そうな顔をした。
「もちろんそれもあるよ。昨日教えてもらったおにぎりの美味しさにもびっくりしたし、しじみの味噌汁と卵焼きとの相性にも感動したさ。
でも、それよりも──」
そう言ってから、視線をマリーたちに向ける。
「【調理】スキルを持ってない人たちが、ちゃんとおにぎりを作ってたこと。そこが一番びっくりしたのさ」
ミーナの言葉に、マリーがぱちぱちと瞬きをした。
「えっ……でも私たち、言われた通りに握っただけで……」
おそるおそる言って、マイカちゃんと顔を見合わせる。
「まあ、実際に作ったのは事実よね。少し形が崩れたって、ちゃんと“おにぎり”になってたじゃない」
ミランダが穏やかに言葉を添えると、アイリスさんが小声でつぶやいた。
「でも、ミランダ様以外は力加減が難しくて……お米を潰しちゃったり、崩れたり……」
それでも、とミーナがかぶせるように言う。
「少し形が悪いくらい、どうってことないさ。本来なら、スキルがないと握ることすら難しいのに、ちゃんと食べられるものができただけでも、すごいことだと思うのに……とても美味しかった」




