190.夢の味、この手でにぎった想い
その様子を見て、ルークくんとマリーもそわそわとおにぎりを手に取り、差し出した。
「これ、ぼくがつくったんだよ!」
「こっちは私の。ちょっと形は悪いけど、一生懸命つくったの」
オリバーさんは、それぞれを両手で丁寧に受け取り、「ありがとう」と優しく微笑みながら応えた。
そしてゆっくりと立ち上がり、私のほうに視線を向ける。
「……ティアナさん。今朝の食卓は、本当に特別ですね」
「そうですね。きっと、今日の朝ごはんは、忘れられない味になります」
そう返すと、オリバーさんは本当に幸せそうな笑みを浮かべた。
崩れ落ちていたミーナが、ふらりと身を起こし、ぽかんとテーブルのおにぎりを見つめる。
「……すごい……本当に、全部手作り……?」
「ええ、本当よ。皆さんが作ったの。私やティアナ様だけじゃなくて、ここにいるみんなで」
アンナがそう声をかけると、ミーナは驚いたように目を見開きながら、こちらへ歩み寄ってきた。
彼女の視線は、オリバーさんが手にしているおにぎりに釘付けになる。
「これ……本当に、マイカちゃんたちが?」
「うん、そうだよ!」
「……すごすぎる……!」
感動のあまり、手を合わせたままの姿勢で固まってしまうミーナ。
それを見て、ミランダさんがふっと微笑んで言った。
「本当にすごいわよね。
私は【調理】のスキルもないのに……それでもティアナに教えてもらったら、卵を上手に割ることも、おにぎりを作ることもできるようになったんだもの。
子どもたちだって作れるなんて……」
その言葉に、みんなが頷いた。
「ねーねー、ぼく、お腹空いちゃった。早く食べよ!」
一瞬静かになった厨房に、ルークくんのかわいい声が響いた。
それにいち早く反応したのは、ミランダさんだった。
「そうね、私もお腹空いちゃったわ。
だって、このごはん、とっても美味しそうで、いい匂いなんだもの」
「はい、早く食べましょう!」
私の声を合図に、みんなで食堂へ移動した。
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みんながテーブルに着いたのを確認し、私は声をかける。
「では、みなさんご一緒に」
私の言葉に、子どもたちをはじめ、みんなで「いただきます!」と手を合わせた。
ミーナも慌てて両手を合わせ、口元に笑みを浮かべる。
それぞれが、自分や子どもたちが作ったおにぎりを手に取り、ひと口。
「……おいしい!」
最初に声を上げたのはマリーだった。
驚いたように目を見開き、次の瞬間、ふわっと笑顔になる。
「本当だ、すごくおいしい……!」
マイカちゃんが自分の作ったおにぎりを見つめ、誇らしげににっこりと笑った。
「自分で作ったごはんって、こんなに美味しいんだね!」
「うん、すっごくおいしい!」
ルークくんとマイカちゃんがそう言って、顔を見合わせて笑い合った。
オリバーさんも、おそるおそる手に取ったおにぎりを口に運び──
「……やばい、これ……」
「……オリバー!?」
ぽろっとこぼした一言に、マリーが反応した。
その声にみんなの視線が集まると──オリバーさんが泣いていた。
私も、そしてみんなも、思わず彼のほうを見つめていた。
それに気づいたオリバーさんは、ハッとしたように顔を上げ、自分が泣いていることにようやく気づいたらしい。
慌てて涙をぬぐい、こう言った。
「すみません……! でも、これ……あまりにも美味しくて……。
夢だったんです、子どもたちの手料理を食べることが。
それがまさか、こんなに早く叶うなんて、思ってもいませんでした」
──そっか。この世界では、【調理】のスキルがないと、料理はできないと思われていた。
小さいころから、お父さんと叔父さんが料理をする姿を見て育ってきた、【料理人】であるオリバーさんの子どもたち──マイカちゃんとルークくん。
将来、【調理】のスキルを授かる可能性は高いけれど、まだスキルを持っていない子どもは当然、料理なんてできないと思われていた。
きっとオリバーさんは、子どもたちがスキルを得たその日、初めての手料理を口にする未来を、ずっと夢見ていたんだ。
──でも、その常識は、今、確かに覆ろうとしている。
「お父さん! ぼくのも食べて!」
「──ああ……って、ルークのおにぎりは、ずいぶん大きいな」
「うん! お父さんに食べてほしくて、がんばって作ったんだよ!」
「そうか……ありがとう、ルーク」
そう言って優しく笑うと、ルークくんの頭をわしゃわしゃと撫でた。
撫でられたルークくんは、「えへへ」と、どこか得意げでありながら、とてもうれしそうに笑った。
「ちょっと! 私のも、ちゃんと食べてね?」
マリーが、いつの間にそんな大きなものを作っていたのか……
ルークくんのおにぎりより、さらに大きい──私が作った普通サイズのおにぎりの軽く三個分はありそうな、特大おにぎりをドンッと、オリバーさんの前に置いた。




