189.みんなで握るおにぎり
ふわりと立ちのぼる、炊きたてごはんの香り。白くつややかに光る粒が、まるで小さな宝石のように輝いていた。
「ごはんも、いい感じに炊けたよ」
「うわあ……」
マリーが感嘆の声をあげ、マイカちゃんも思わず背伸びして土鍋の中をのぞきこむ。
「ぴかぴかだ……!」
「ごはんって、きれいだね」とルークくんがつぶやくと、ミランダさんとアイリスさんも頷いた。
「それじゃあ、おにぎり作りを手伝ってくれる?」
「はーい!」
本当は、炊きたての熱々ごはんでも難なく握れる【調理】スキルを使って、私が作ったほうが一番おいしく仕上がるだろう。
でも、今はみんなで朝ごはんを作ることがいちばんの目的。
ちょっともったいないけれど、熱すぎると握れないので、少しだけごはんを冷ますことにした。
それから、多少熱くても握れるように、氷水も用意する。
ボウルに移したごはんの粗熱が取れるのを待ちながら、私は水で湿らせた木の器と、手塩用の小皿を人数分用意した。
よし、準備はOK!
「じゃあ、まずは手をちょっとだけ濡らして、お塩を指先にひとつまみ。こうやって、にぎっていくよ」
私は手のひらに塩をなじませ、ごはんを軽くすくって、小さなおにぎりをひとつ作って見せた。
ふんわり、でも崩れないように、優しく、優しく。
「わたしもやってみたい!」
「ぼくも!」
マイカちゃんとルークくんが、目を輝かせて手を伸ばしてくる。マリーも静かに寄ってきて、ごはんをよそうための小さな杓子を手に取った。
「まずは、手のひらでちょっと丸くまとめてね。あまり力を入れすぎると、ごはんが潰れちゃうから」
「ふわっと、だよね」
マイカちゃんが慎重にごはんを手に取り、そっとにぎっていく。
「……できた!」
少しいびつだけれど、ちゃんと形になっている。そのおにぎりを見て、マイカちゃんは嬉しそうに笑った。
「上手だよ。ちゃんと三角になってるね」
「へへー」
マリーも、手つきを真似しながら無言で集中している。途中で形が崩れてしまって、少しだけ眉をひそめたけれど、諦めずに握り直していた。
「無理に三角にしなくても大丈夫だよ?」
「そうなの!? じゃ、丸くするわ!」
ルークくんは「うわ、ぺちゃってなった!」と苦笑いしながら、何度もやり直していたが──
「できた! おっきい!」
……少し大きすぎるけど、それはそれでご愛嬌。
「アイリスさん、ミランダさんも、どうですか?」
そう声をかけると、ふたりは少し驚いたように顔を見合わせた。けれど、ミランダさんが静かに手を伸ばし、アイリスさんも続く。
「こう……かな?」
「そうそう、そのくらいの力加減で」
ふたりとも、最初はおそるおそるだったが、すぐにコツをつかんで、丁寧に形を整えていく。
「なんとかできたわ……なんだか、楽しいわね。これ」
「ミランダさん、上手ですね!」
はじめて作ったとは思えない、きれいな三角のおにぎりを見て、私は思わず笑顔になった。
そしてテーブルの上には、みんなによって作られた、いろんな形のおにぎりが並んでいた。丸いの、三角の、ちょっと崩れかけの。でも、どれもとてもおいしそうだ。
──その時、ドアの向こうから、パタパタと走るような音が聞こえてきた。
「あっ、いいタイミングね」
厨房のドアが開き、現れたのは、予想通りミーナだった。
「おはよう、ミーナ」
「おはよう、ティアナさま! って、あああ……っ!」
そう叫び、ミーナはその場に崩れ落ちた。
そして、そんなミーナの背後からさらにもう一人……
「おはようございます! 寝坊しました、申し訳ございません」
オリバーさんだった。
現れるなり、深々と頭を下げる。
「大丈夫ですよ! 昨日言ったじゃないですか。オリバーさんは今日から3日間はお休みですよ」
「……え?」
ぽかんとするオリバーさん。そこへマイカちゃんが駆け寄り、彼の手を引いて調理台の前へ連れてきた。
「みて、お父さん! すごく美味しそうでしょ?
この“おにぎり”はマイカが作ったんだよ!」
「ぼくも! ぼくも作ったんだよ!?」
「私も作ったわ!」
オリバーさんは目を瞬かせたまま、しばらく言葉を失っていた。
けれどすぐに、ふっと表情を緩めて、優しい笑みを浮かべる。
「……すごいな。みんな、こんなに上手に作れたのか」
「えへへー」
マイカちゃんが照れたように笑いながら、自分で握ったおにぎりを、そっとオリバーさんに渡す。
そのおにぎりは、少し歪な三角で、指の跡が少し残っていた。でも、ぎゅっと込められた気持ちは、誰よりもまっすぐだった。
「これ、マイカがいちばんがんばって作ったやつ! お父さんにあげる!」
「そうか、それは……ありがとう。大切に食べるよ」
オリバーさんはその場にしゃがみこみ、マイカちゃんの目線に合わせて、丁寧に頭を下げた。
マイカちゃんの顔がさらにぱあっと明るくなり、とても嬉しそうに笑った。




