188.ふわふわ卵と笑顔の味
「じゃあ、次は卵焼きを作るよ」
味噌汁の優しい香りが残る中、私は調理台の前で声をかけた。
すると、マイカちゃんが目を輝かせて手を挙げる。
「マイカがやる!」
「うん、よろしくね」
すっかり卵割りにハマってしまったらしいマイカちゃん。
昨日、マリーが「ティアナに卵の割り方を教わってから、卵を見ると全部割ろうとして大変なのよ」と苦笑いしながら教えてくれた。
それは……と、申し訳ないような、でもどこか嬉しい気持ちで聞いていたけれど、マリーはそのあと小さく「……私も割りたいのに」と呟いていた。
マイカちゃんは、以前教えた通りに卵をふたつ手に取り、コツンとぶつけ合わせる。
ヒビが入ったほうを選んで、パカリと上手にボウルに割り入れた。
ふふん、と言わんばかりの得意げな表情。
私は思わず拍手して、「上手!」と声をかけると、マイカちゃんは「へへへ」と照れ笑いを浮かべた。
「ぼくもやってみたい!」
「私もやるわ!」
ルークくんとマリーも順番に卵を受け取り、ルークくんは恐る恐るながら楽しそうに挑戦する。
最初は殻がうまく割れなかったり、少し白身がこぼれたりしたけれど、それもいい経験だ。
「うまくできたわよ! 見て見て、黄身がまんまる!」
……マリーさん、子どもと張り合わないでください。
悔しそうな顔をするルークくんに、私は改めて丁寧にやり方を教える。
今度は見事に卵を割ることができた。
「やったー!」
「ルーク、すごい!」
それぞれの成功を喜び合い、自然と笑顔が広がった。
「本当に……【調理】のスキルがなくても、料理ってできるのね」
そんな様子を見て、ミランダさんがぽつりと呟く。
横にいたアイリスさんも、目を丸くしてこちらを見つめていた。
私は卵を手に取り、ふたりの前に差し出す。
「よかったら、おふたりもやってみます?」
「え!?」
驚くアイリスさんに対し、ミランダさんは真剣な顔で頷いた。
「私は……やってみるわ」
彼女は卵を受け取り、やや緊張した様子で調理台の前に立つ。
「さっきマイカちゃんたちがやったみたいに、軽く卵同士をぶつけてください。そうすれば、片方にだけヒビが入りますよ」
「わかったわ」
コンコンッと軽く卵をぶつけ、ミランダさんは卵を見つめる。
「……あっ。本当に片方だけ、ヒビが入ったわ!」
「いいですね。でも、まだ少ししか割れていないので、もう少しだけぶつけてみましょう」
私の声に、ミランダさんはコクンと頷き、もう一度コンッと卵をぶつけた。今度はパリッと心地よい音がして、ヒビが広がる。
「……よし。これで、割ればいいのね?」
緊張した面持ちで卵の殻を両手で開き、慎重にボウルへ流し入れる。
「……できた!」
「上手です、ミランダさん!」
周りから拍手が起こり、ミランダさんの頬が少しだけ赤く染まった。
「やってみると……楽しいものね」
照れたように笑うその姿に、アイリスさんもつられて口元をほころばせた。
「アイリスさんも、どうですか?」
私がもうひとつの卵を差し出すと、彼女は少し戸惑った表情を浮かべながらも、静かに手を伸ばした。
「……では、私も」
そして同じように卵をぶつけ、ヒビを確認し、そっと殻を開いて……。
「やった……私にもできた」
小さな声だったが、その喜びはしっかり伝わってきた。
「じゃあ、この卵を溶いて、卵焼きを作っていきましょう」
私は小さなボウルを手に取り、数個の卵を合わせる。
「ここにお砂糖を少しと、ほんの少しのお塩。甘めの味付けにします」
「どうして甘いの?」とルークくん。
「甘くすると、焦げやすくなるけど、子どもたちにも食べやすくなるの。それぞれのお家によってもしょっぱい派と甘い派があるのよ」
「じゃあ、うちは甘い派にしよ!」とマイカちゃんが宣言し、みんなが笑った。
私は卵液をざっくり混ぜながら、フライパンに油をひく。
ジュッと音を立てて温まったところへ卵液を流し込むと、ふわりと立ち上がる香り。
「わ……いいにおい」
「少し火を弱めて、端から巻いていくよ。こうやって、卵を押し出すようにくるっと……」
ゆっくり、やさしく。焦がさず、巻きすぎず。
「一回巻いたら、また卵液を足して……」
そのたびに、ふわっと音を立てて広がる甘い香り。
子どもたちは身を乗り出すようにして、焼かれていく卵に釘付けだった。
「巻くたびに、大きくなるね」
「くるくるして楽しいね!」
卵焼き用の四角いフライパンではなく、普通の丸いフライパンでやったので、端がきれいにはいかなかったけど、まあ良いでしょう。
マリーはじっと見つめながらつぶやいた。
「これ、どうやって形を整えてるの?」
「巻くたびに、少しずつ奥に押し出してあげるの。何回か繰り返して、きれいな四角にしていくのよ」
「たまごも、おみそ汁と同じで、ていねいに作るとすごくきれいになるのね……」
マリーのその言葉に、私は思わず微笑んだ。
「そうだね。ちょっとの工夫で、味も見た目も変わるんだよ。料理って奥が深いよね」
できあがった卵焼きをまな板に移し、余熱が少し落ち着いたところで、切り分ける。
中までしっとり、きれいな黄色に焼けていて、ほんのり甘い香りが立ち上った。
「できたよ。さあ、みんなで味見してみようか」
一切れずつ手渡すと、みんな嬉しそうに受け取って口に運んだ。
「……おいしいっ!」
「ふわふわ! あまい!」
私はそんなみんなの様子を、あたたかい気持ちで見守りながら、炊き上がって蒸らしも終えた土鍋の蓋を開けた。




