187.しじみと、いのちのスープ
「じゃあ、次は味噌汁を作ろうか」
私がそう声をかけると、マイカちゃんとルークくんが、
「うん!」
「わーい、味噌汁!」
と笑顔で喜んだが、
「……でも、味噌汁って?」
と不思議そうな顔をした。
何か分からないけど、新しい料理にわくわくしているらしい。かわいいなぁ。
私もつられて笑顔になりながら説明する。
「味噌汁っていうのはね、ある国ではご飯と一緒によく飲まれてる“スープ”なの。
まずは味噌汁に入れる具の準備……これが“しじみ”ね」
そう言って、私はボウルに入れたしじみを見せる。
ちなみに、砂抜きには時間がかかるので、あらかじめ薄い塩水に入れておいたものだ。
「……これ、貝ってやつ?」
ルークくんが恐る恐るのぞき込む。
すると、ボウルの中でしじみがちょこちょこ動き、水を吐いた。
「うわっ、動いた! 生きてるの!?」
「そう、生きているの。だから、料理する前にきちんと砂を吐かせてから使うんだよ」
「砂を吐かせる……?」
「しじみの中に砂が入ってるの。それを水にしばらくつけておくと、勝手に出してくれるの」
「ふーん……料理って、準備が大変なんだなあ」
ルークくんが感心したようにうなずく。
「で、これを水に入れて、だしを取るために昆布も一緒に入れるの。しじみのうまみで、味噌汁がぐっとおいしくなるんだよ」
しじみと昆布を入れ、鍋に火をかける。
やがて、殻が少しずつ開いていった。
それを見て、マイカちゃんが思わず声を上げた。
「わぁ……開いた!」
「ちゃんと火が通ると、こうやって開くのよ。開かないやつは加熱が足りないか、もう死んじゃってるから使わないでね」
「料理って、すごい……なんか、いのちを感じるわね……」
ぽつりとつぶやいたマリーの言葉に、みんなが静かになった。
「そうだね。食べるってことは、何かの命をもらうってこと。だから、“いただきます”って言うんだよ」
私は、鍋から昆布を取り出しながらそう返す。
視界の端で、マイカちゃんとルークくんが頷いているのが見えた。
「その昆布は、もう使わないの?」
「はい、もう出汁が出ましたので。ここでアク取り……この表面に浮いてるのを取り除いてください。そのままにすると、煮汁が濁って見た目が悪いし、臭みも出て味も落ちちゃうんですよ」
ミランダさんの問いに、アクを取りながら答える。
ミランダさんは頷きながらメモをとり、マリーは「オリバーがやってたの、そんな意味があったのね……」とつぶやいた。
うん。教えてもらわないと、なんでアク取りなんて手間がいるのか分からないよね。
──私の見解だけど、おそらくこの世界では、“砂抜き”や“アク取り”みたいなちょっとしたコツを【料理人】たちはスキルで無意識にやっている。
無意識にやってるからこそ、そういう小さな工夫が料理の仕上がりに差を生んでいて、自分たちが重要なことをしていると思っていない。
【調理】スキルを持たない人たちに、料理を教えようとした時、それが必要だと気づけず失敗しているんじゃないかな?
そんなことを考えながら、私はお玉を手にしじみを端に寄せた。
「たまに、ちゃんと砂抜きをしても砂が残ってることがあるから、しじみを端に寄せて鍋底に砂が出てないか確認してみてね」
うん、今回は砂は出てない。
すると、アイリスさんが口を開いた。
「もし、砂が出てたらどうすればいいんですか?」
お。アイリスさんも料理に興味出てきた?
そんなふうに嬉しく思いながら答える。
「鍋底に砂があったら、一度、汁だけザルなんかでこすといいよ。そのときは、しじみを先に別の器に移してから、汁をこしてね」
しばらくすると、いい香りが立ちのぼってきた。
「よし、だしが出たら……次は味噌を溶かすよ」
味噌を入れて、そっと溶かしていく。
「うわ、いい匂い……!」
マリーが目を細めて、鼻で息を吸い込んだ。
「これが“味噌”の香りよ。これが、しじみと合わさるとね──」
味噌の香ばしさとしじみの出汁が合わさって、厨房中にふわっと優しい香りが広がる。
「……おいしそう」
ルークくんが思わず、ごくりと喉を鳴らす。
みんながわくわくした顔で味噌汁を見つめる中、私は火を止めた。
器に盛り、細ねぎをちらす──
「よし、完成!」
しじみのエキスがたっぷりのお味噌汁ができあがった。




