186.はじめての朝ごはん教室
──翌日。
「じゃあ、さっそく作りましょうか?」
「はーいっ!」
元気よく返事をしたのは、マイカちゃん。
私たちは厨房の調理台の前に並んで立っていた。
「ねぇ、何をつくるの?」
「昨日、お父さんたち、お酒たくさん飲んでたでしょ? だから、しじみの味噌汁を作ろうと思って。あとは、おにぎりと卵焼きもね」
米を研ぎながらルークくんの問いに答えると、「……おにぎり? みそしる?」と、不思議そうな顔をされた。
そりゃそうだよね。
これらは異世界の料理──とはさすがに言えないので、「ある外国の家庭料理」と説明する。
「これが……お米?」
「そう。こうやって洗って、炊くとふっくらした“ごはん”になるの」
「ふーん……」
マイカちゃんはわくわくしながら手元をのぞき込み、マリーはじーっとお米を凝視。
その隣では、ミランダさんが興味深そうに観察しつつ、手帳に何やらメモしていた。
──昨日、クリスディアに着いたばかりで疲れているだろうし、新生活の準備もあるはず。
だから私は、オリバーさんに「今日から三日間はお休みを」と伝えた。
……すると、ものすごく驚かれてしまった。
「クリスディアに着いたからには、翌朝から晩まで働くのが当然。休みなんて週に一度ももらえれば御の字」──どうやら、それがこの世界の常識らしい。
なにそれ、ブラックすぎるでしょ!
内心で叫びつつも、貴族から与えられる仕事って、基本“無茶振り”が前提らしい。
って、またそれかーい!
ひどいときは、引っ越しを命じられても新居が用意されておらず、まずは自費で宿を取りながら家を探す羽目になるとか。
えっ……だって、マリーには子どもがふたりもいるのに!?
そんな状態で見知らぬ土地で家探しなんて、大変すぎる!
そう思って聞いてみたら──
「たとえば、さらに赤ちゃんがいたとしても、平民の都合なんて、普通の貴族は考えませんよ」
と、エレーネさんがさらっと言ってのけた。
……それじゃ、新居を用意していただけで驚かれるのも無理ないか。
よそはよそ、うちはうち!
というわけで──
「うちではそんなブラック環境ありえません! オリバーさん一家にはこちらがお願いして来てもらうんだから、不自由のない家を用意してあげてくださいっ!」
と私がリズたちに頼んで、新居を整えてもらったのだった。
そして今朝、マリーたちと顔を合わせたとき、真っ先に言われたのは──
「ティアナ!
何なの、あの家は!?」
「……新居のこと? 何か不都合でもあった?」
「不都合って……その逆よ!」
裾をくいくい引っ張られて目をやると、マイカちゃんがキラキラした目で言った。
「ティアナお姉ちゃん、新しいおうちすごいね!
お風呂もあるし、ベッドはふかふかだし、タオルまでふわふわ! それに、料理するところまであったよ!」
「そっか、気に入ってもらえてよかった!」
「そう、ベッドがふかふかで寝心地が……って、違うわ!
ベッドもすごいけど、まさかキッチンまであるなんて、びっくりよ!?」
……ん? キッチンって普通にあるんじゃ……あ、違った。
この世界では【調理】のスキルがなければ、そもそも料理自体ができないんだった。
て、ことは普通の家にはキッチンがないのか?
なんて思っていると、リズが説明してくれた。
「マリーさんたちの家は、もともとクリスティーナ様の専属料理人が家族と住んでいた家なんです。
その料理人が自宅でも研究できるよう、キッチンを備え付けたそうですよ」
──「……お姉ちゃん! お米炊くんじゃなかったの?」
マイカちゃんの声に、はっと我に返る。
そうだ、今ちょうどお米を研いだところだった。
「うん。炊く前に、30分ほどこのまま“浸水”させるの」
「……“浸水”。それが、昨日“時間がないから”って省いた工程ですね?」
尋ねてきたのはアンナだった。
「ええ、そう。お米の色が変わるから、今の色を覚えておいてね」
そう言って、私はアンナに研ぎ終えた米を見せた。
──昨日は、ミーナも酔いつぶれてしまい、アンナと一緒に屋敷に泊まってもらった。
アンナには何度も謝られたけど、ふたりが食事会に参加した時点で、すでに泊まりの準備はしてあった。
普段の朝食は簡単なもので、アンナかミーナのどちらかが早朝に来て朝食を作り、もう一人が昼から出勤して昼食と夕食を担当してくれている。
でも昨日は、夕食後もそのまま引き止めてしまった。
朝早くまた出勤するのは大変だろうと思ってのことだったけど……まさかミーナが酔いつぶれるとはね。
そんなことがあり、ふたりとも泊まることになった。そして朝食はアンナが作ってくれると言ってくれたんだけど──
この世界に来てから、朝食を自分で作ったことがなかった私は、ふと「久しぶりに作ってみようかな」と思った。
そして「明日の朝食は私が作る!」と、勢いよく宣言してしまったのだった。
そんなわけで、今この厨房には──
「二日酔いには、しじみの味噌汁!」と張り切る私に、付き添いのリズ。
「ティアナ様の朝食、見てみたいです!」と見学兼サポートのアンナ。
「よかったら一緒に作ってみる?」と私に誘われたマリーとマイカちゃん、それにルークくん。
「ティアナが朝食作るって言ってたでしょ? 私も見学するわ!」と、急きょ参加したミランダさんとアイリスさん。
──と、なかなかの人数が集まり、もはやちょっとした料理教室のような雰囲気で、朝食作りがスタートしたのだった。




