185.フェラール商会、破産の危機!?
「……あの、それって、私が作ったポーションって……一本、一千万ペルの価値があるってことになります?」
おそるおそる問いかけると、ミランダさんはあっさりと頷いた。
「そうね。場合によっては、それ以上になることもあるわ。競りにかければ、ね」
ひぇぇぇ……!
そんなものを十本もマジックバッグに入れて、のんきに持ち歩いてたなんて……っ!
「だからこそ、フェラール商会を通して正式に管理する必要があるの。あなた個人が下手に動けば、狙われる可能性もあるわ」
ミランダさんの声が、ふっと低くなる。
「市場に出回っていないものを“持っている”というだけで、妬む者、奪おうとする者が現れる。特に、戦争を見越して準備を進めている勢力には、なおさらね」
ぞくりと背筋が冷たくなった。
たしかに……今の世界情勢を考えれば、ポーションのような戦力補助品は最重要資源だ。
「……わかりました。じゃあ、その……今後の管理、お願いします」
「最初からそう言ってくれればいいのよ。まったく、あなたってば……」
ミランダさんは呆れたように笑ったが、その目にはどこか安心の色が浮かんでいた。
「とはいえ、このペースで上級ポーションを作られると……フェラール商会も破産してしまいますよ?」
アイリスさんが、少し言いにくそうに口を開く。
「……たしかに。ティアナさんのポーション作成ペース、すごい勢いで上がってますし。今までの分も相当でしたし、少し控えたほうがいいかもしれませんね」
アイリスさんの言葉を受けて、リズがにこやかに言葉を添える。
ふたりのやり取りを聞いたミランダさんも、口元に指を当ててしばらく考え込み、やがて顔を上げた。
「……勿体ないけど、さすがにうちも、☆5の上級ポーションを何百本も捌く力はないわ。一気に市場に流したら、混乱は避けられないし……」
そ、そんなぁ……!
最近の楽しみが、制限されちゃうなんて!
【錬金術】の熟練度を上げるには、高ランクのアイテムを作るのが一番効率的。だから、上級ポーションは私にとって貴重な素材だったのに。
作成時に、わざとタイミングをずらせば☆5以外も作れるけど……それってなんか、負けた気がしてイヤ!
──あっ、だったら……!
「☆5の上級ポーションを……薄めたらどうでしょう?」
「……は?」
ミランダさんが目を見開き、じっと私を見る。
「ポーションを……薄める、って?」
「効力が高すぎるのが問題なら、薄めて抑えれば市場も混乱しないし、量産できれば利益も出るかなって……だ、だめでした?」
ミランダさんはしばらくポカンと私を見つめていたが、やがて目を細め、ペンをカツンと机に置いた。
「……あんた、また面白いこと言うわね」
「えっ、お、怒ってます……?」
「怒ってるんじゃないわ。驚いてるの。普通、“高品質なものをわざわざ劣化させる”なんて発想、誰も持たないものよ」
た、確かにそうかも……。
私は小さくつぶやく。
「でも、品質はそのままで効力だけ抑えられたら、いわば“高品質・低価格”な商品になりますよね?」
「──ティアナ、あなた……っ!」
手をガシッと掴まれた。
ひゃっ、怒られる!? と思ったけれど、そうではなかった。
「やっぱり、すごいわね……そんな発想、誰も思いつかないわよ!」
そう言うと、ミランダさんはすぐにアイリスさんを呼び寄せ、「単純に水で薄めるだけじゃダメよね?」と真剣な顔で相談を始めた。
その様子を見ていると、ミランダさんはふいにくるりとこちらを振り向き、キラキラとした目で、はっきりと言った。
「ティアナ。あなたは何も気にせず、自由にポーションを作りなさい。全部、こちらで責任を持って引き取るわ」
ミランダさんのその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……ありがとうございます」
素直にそう返すと、ミランダさんは満足そうに力強く頷き、手をパンッと叩いた。
「じゃあ、さっそく実験ね。アイリス、水での希釈はどう? 成分が沈殿したり分離したりする可能性は?」
「そうですね……水だけだと不安定になるかもしれません。希釈しても効力を均一に保つには、安定化剤か何かの媒体が必要だと思います」
なんだか、すごい話になってきたな──。
いきいきとポーションの話で盛り上がるふたりの姿を見ていると、私までわくわくしてきてしまった。
でも、その一方で──心の片隅にロベールさんの脚のことが引っかかっていた。
ポーションで治せないなら、他に手段はないのだろうか。
たとえば、もっと高度な回復魔法とか……
あるいは、失った手足を補う魔導具の技術とか。
今すぐに答えは出せない。けれど、きっと何かできることがあるはず。
私はそう信じて、小さく拳を握った。




