176.異世界の塩と米、そして【錬金術】
あの後、話が盛り上がりすぎたオリバーさんとミーナが酔いつぶれてしまい、食事会はお開きとなった。
本当は私がマリーたちを新しい家に案内するつもりだったが、オリバーさんがあんな状態で、ルークくんもすっかり寝てしまっている。マリーとマイカちゃんだって旅の疲れがあるはずだ。
結局、家の案内はエレーネさんに任せ、私とリズはミランダさん、アイリスさんと共に会議室へと向かった。
ミランダさんがティーカップを口から離し、ふうっと息を吐いた。
「相変わらず、エリザベスのお茶はおいしいわね。
──さて、さっきの話を改めて聞かせてちょうだい」
優雅に座るミランダさんを見返しながら、私は思う。
この人、誰よりも飲んでたのに──まったく酔ってる気配ないんですが!?
私は背筋を正し、指を二本立てて見せた。
「今、新たにやろうとしているのは主にふたつ。米作りと塩作りです」
驚いた表情を浮かべたふたりのうち、アイリスさんが静かに口を開いた。
「“こめ”とは何でしょうか? それに、塩を“作る”とは……採掘するのではなく、“作る”のですか?」
──うん、やっぱりそうなるよね。
私は、もはや慣れっこになった米と塩の説明を始めた。
◆
「こんなの……見たこともないわ」
「塩を海の水から作るなんて、初めて聞きました」
ふたりは私が取り出した米やおにぎり、藻塩を手に取りながらつぶやいた。
説明だけでは信じてもらえそうにない反応だったので、実物を見せることにしたのだ。
うん、予想通り。
言葉だけじゃ伝わりにくいし、現物を見せた方が早いってことも、驚かれることも、もう何度も経験してきたやり取りだ。
だから──油断してしまったのかもしれない。
藻塩の瓶を手に取ったミランダさんが、ふと口を開いた。
「で、あなたはこれらの物を──どうやって手に入れたの?」
「ひょっ!?」
思わず変な声が出てしまった。
言われてみれば、まさにその通り。
今までは「ステータス画面から取り出すのはおかしい」と気をつけて、あらかじめマジックバッグに入れておいたのに……。
でも、これまで誰にも突っ込まれなかったから、つい油断してた!
ひとりでグルグル考えていると、リズがまるで私の心を読んだかのように言った。
「今までは、平民相手でしたから『貴族の特別なルートで手に入れたんだろう』と思ってもらえたでしょうが……ミランダ様たちには、それは通じません」
あー……なるほどね。
まあ、ミランダさんたちなら大丈夫かな。
誤魔化すのは早々にあきらめて、素直に全部白状することにした。
◆
「な……なんなのよコレは……っ!?」
「下級ポーションです」
「そういうことじゃないわよっ!!」
ミランダさんのツッコミが止まらない。対照的に、アイリスさんは無言でじっと見ていた。
ふたりが見ているのは、私のステータス画面。
私は【錬金術】──もちろん鍋などを使った通常のやり方ではない。
あの、『錬金術師になろう』のチート能力を、ステータスをオープンにした状態でふたりに披露していたのだった。
それはもう、驚かれた。
名前、性別、年齢など、天職を授かる前から見えていた情報はこの国の文字──フォレスタ語で表示されているが、天職やスキルなど成人の儀のあとに追加された項目は、日本語で書かれている私のステータス画面。
私には自然に両方の文字が読めているが、ミランダさんたちには読めない。
それも単に「日本語が読めない」というだけでなく、彼女たちにとっては、そもそも見たこともない未知の文字なのだ。
日本にいた頃、外国人の友人が言っていた。
『日本の漢字って──文字というより、絵や図形みたい』
読めるかは別として、何度も日本語を見たことがある人でさえ、そう言うのだ。
ましてや初めて見る異世界の文字となれば、かなり違和感があるだろう。
読めないどころか、どこが何を表していて、どこまでが1文字なのかを判断するのも難しいはずだ。
ミランダさんたちが日本語を見て、眉をひそめたのが分かったが、私は気にせず操作を続けた。
そしてレシピ選択画面まで進めると、ふたりが大きく反応した。
「『錬金術のレシピ』!? これ、読めるじゃない!」
そう。
パッシブスキル【翻訳】が発動していて、日本語をはじめとした元の世界の文字も、こちら──異世界の文字も、普通に読めてしまうのであまり意識していなかったが、フォレスタ語で書かれた『錬金術のレシピ』を取り込んだせいか、取り込んだ本の名前も中身も、フォレスタ語で表示されていた。
私はそのまま『錬金術のレシピ(初級編)』を選択する。
画面が切り替わり、そこに現れたのは『錬金術のレシピ(初級編)』に記載されていたであろう作成アイテム名の一覧。
それを見て、ふたりは目を大きく見開いた。
「……なに、これ……」
そんな小さな声も聞こえたが、私はそのまま下級ポーションを作成し、完成させた。




